この記事ではノンテクニカルスキルの「状況認識」と「意思決定」について解説します。
目次
ノンテクニカルスキル~「状況認識」
ノンテクニカルスキルにおける状況認識とは
安全で質の高い業務を行うためには、周囲で起こっている状況を適切に認識する必要があります。ノンテクニカルスキルにおける「状況認識」とは、自分の周囲で起こっている状況に注意を向け、その状況を理解することをいいます。
「状況認識」はノンテクニカルスキルのベースとなるスキルであり、その他のスキルにとって重要なものとなります。また状況認識は、その認識に基づく「状況判断」や「意思決定」を行う際に重要な情報となるため、正確性が求められるスキルでもあります。状況認識の誤りは、意思決定や行動レベルの誤りを生み出し、事故を引き起こす原因となります。過去の事故事例をみても、状況認識の誤りに端を発した事故が数多く報告されています。事故が発生した場合、その直接的原因となった行動や意思決定に目を向けられがちですが、その背景には状況認識の誤りが存在することが多々あります。
そのため、必ずしも専門的スキルを要しない「状況認識」は、各レベルのノンテクニカルスキルのベースとなるスキルということができるわけです。
これらの前提を踏まえた上で、状況認識に関する具体的な解説をしていきます。
状況認識の3つのレベル
まず状況認識は、基本的に次の3つのレベルで行われます。
- 収集
- 理解
- 予測
状況認識の3つのレベルである「収集」「理解」「予測」は、原則的に「意思決定」をするために行います。ここでいう「意思決定」とは、安全な業務を行うためのものであり、今後の行動を決定するためのものです。逆にいえば状況を認識しないまま意思決定を行うことは困難であり、意思決定を行うために状況認識は欠かせないものといえます。
状況認識が十分ではないまま意思決定を行い行動した場合、実際の状況と行動との間にギャップが生まれ事故を引き起こす可能性があります。
以下では状況認識の各レベルの解説をしていきます。
①収集
「収集」とは情報収集のことです。現在の状況を「知覚」することでもあります。
どのような業務であっても、人は従事するタスクに関する作業環境や進捗などの情報を収集しています。安全な作業を要する業務においては、安全もしくは危険に関する情報を収集しているわけです。
どのように情報を収集するかはケースバイケースです。現場で働くスタッフであれば、目の前に広がる現場の状況から五感を通じて多くの情報を収集しています。またグループで業務を行っている場合には、グループ内のコミュニケーション等によって情報収集している場合もあるでしょう。
いずれにしても情報の収集は、状況認識のためのスタートとなるものです。
②理解
「理解」とは、収集した情報に基づいて状況を理解することです。理解を「解釈」といってもよいでしょう。
情報収集の目的は「収集」それ自体にあるのではありません。収集した情報は、状況を理解するための材料なのです。人は収集した情報を材料として、それに意味づけしていくわけです。
注意が必要なのは、複数のスタッフが介在する現場において各々が違った解釈をする場合がある点です。複数いるスタッフ全員が、同一の状況に対して同一の解釈をするとは限らないからです。そのため、複数のスタッフが業務に介在する場合には、状況の「確認」が不可欠なわけです。
また状況の理解は、収集した情報の「質」や「量」に依存する部分があります。つまり適切な「理解」には、適切な「収集」が重要になるということです。
③予測
「予測」とは状況が今後どのように展開するのか予期することです。
「収集」→「理解」で確認された状況が、今後どのようになっていくかを予測するということです。状況を認識するということは単に状況を認知するだけでなく、状況が将来どのように展開するかを予測する所までをいいます。例えば安全な業務を要する現場において、このまま状況を放置すると事故に至る可能性があると予測される場合などです。
この予測があることで次に解説する「意思決定」を適切に行うことができるのです。
ノンテクニカルスキル~「意思決定」
ノンテクニカルスキルにおける「意思決定」とは、業務のパフォーマンスを安全で質の高いものとするために適切な行動方針を選択することです。簡単にいうと意思決定とは「選択」だということです。
個人であっても組織であっても、日常の業務を行うために大なり小なり意思決定を行っています。意思決定を行わないと具体的な行動がとれないからです。
ただし意思決定には、ほとんど無意識に行っている場合もあれば、時間をかけた話し合いの結果として行っている場合もあります。いずれにしても意思決定とは、状況認識に基づいて行う行動指針の選択です。ノンテクニカルスキルにおける意思決定は、安全で質の高いパフォーマンスを行うために「すること」もしくは「しないこと」を選択するということでもあります。
個人レベルでも組織レベルでも、意思決定は主に以下の4つの方法で行われます。
経験に基づく意思決定
経験に基づく意思決定とは文字どおり過去の経験から行う意思決定のことです。これには類似した経験に基づいた類推(アナロジー)も含みます。
例えば過去に安全を損なう出来事があった場合、その経験と記憶に基づいて、そうならないようにするための意思決定を行うことが可能になります。また、経験上なんらかの「違和感」があるとか、直感的に嫌な予感がするような場合などもあります。
ただし経験に基づく意思決定には、業務に熟練していたり、経験値が必要とされる場合があります。また過去の事例などを必要とする場合もあり、あまり経験の無い状況や過去に例の無い状況では不向きな意思決定の方法といえるかもしれません。
規則に基づく意思決定
規則に基づく意思決定は、安全に関する意思決定を予め定められた規則に従って行うことです。
規則に従って意思決定するということは、当然ながら事前にルール化されていることを要します。つまり事前に想定される状況であるということです。
また規則に基づく意思決定は、明確な対応策が存在する場合でもあります。例えば安全を実現するために「ある状況」には「このように対応する」ということがハッキリしているということです。
そして規則に基づく意思決定の利点は、前述した「経験に基づく意思決定」と違って、必ずしも意思決定を行う者の経験を問わない点です。例えば経験の浅い新人スタッフであっても、規則に従って意思決定を行うことができて必ずしも経験を必要としません。
しかし規則に基づく意思決定は事前にルール化が必要なため、業務上で生じる全ての状況で適用することが難しい意思決定方法でもあります。
比較に基づく意思決定
比較に基づく意思決定とは、複数の選択肢が存在する場合などに有効な意思決定方法です。
ある状況においてどのような意思決定を行うかを他の選択肢と比較して、相対的により適切な意思決定を行うことが可能になります。そのため意思決定のために十分な検討がしやすく、また根拠も示しやすいものとなります。
ただし比較に基づく意思決定は、当然ながら比較対象となる複数の選択肢を必要とします。また、比較するための分析に時間がかかることも多く、迅速な判断を要する状況には不向きな場合もあります。
創造に基づく意思決定
創造に基づく意思決定とは、前述した「経験」「規則」「比較」のいずれの方法でも判断できない場合に行う意思決定方法です。より簡単にいうならば「機転を利かす」ということもできます。
映画「アポロ13」でも有名なアポロ13号は、数多くの危機に直面しながら、その危機を脱して乗組員全員が無事に地球に帰還しました。この帰還は危機対応の鮮やかさなどを理由に「成功した失敗 」「栄光ある失敗」と称えられました。過去に経験の無い状況であり、想定された規則のない状況、そして比較が可能な選択肢も極めて少ない状況での意思決定を迫られ乗り越えたからです。
しかし、この事故が美談となったのは、全員が無事帰還できたからです。
創造に基づく意思決定を要する場面というのは、決して望ましい状況とはいえません。もはや経験でも規則でも意思決定できず、比較して検討できる選択肢も少ない状況だからです。そのため創造に基づく意思決定は、意思決定の根拠が乏しいものになりがちです。
安全で質の高い業務を行うために行う意思決定は、可能な限り「経験」や「規則」あるいは「比較」のよるものである方が望ましいでしょう。