安全文化の10軸モデル~卓越した8軸モデルの進化と新たな2つの軸の相乗効果~

あらゆる産業分野において、組織の持続的な成長と価値創造の根底にあるのは「安全」である。重大事故や品質問題を防ぐためのマニュアルや設備といったハードウェアの整備は当然のことながら、それらを運用する人間と組織の風土、すなわち「安全文化(Safety Culture)」の成熟度こそが、組織の真の強さを決定づける。

これまで、組織の安全文化を可視化し、定量的に評価するためのフレームワークとして「8軸モデル」が広く活用されてきた。この8軸モデルは、組織のシステムから個人の意識に至るまでを網羅的に捉える極めて卓越したモデルであり、多くの企業の安全管理水準を飛躍的に向上させてきた傑作である。

本稿では、この素晴らしい8軸モデルが果たしてきた多大な貢献と強固な理論的基盤を再確認するとともに、高度に複雑化した現代の組織環境において「より一層のレジリエンス(強靭性)」を獲得するため、新たに「柔軟適応」と「心身充足」という2つの軸を加えた「安全文化の10軸モデル」の優位性について論じる。

1. 8軸モデルが構築した安全管理

組織事故のメカニズムを解明したジェームズ・リーズンらの研究をはじめ、安全工学や組織心理学の英知を結集して体系化されたのが、旧来からの「8軸モデル」である。このモデルの素晴らしさは、目に見えない「文化」や「風土」という曖昧な概念を、測定可能かつ介入可能な8つの具体的な次元に分解した点にある。その構成要素は以下の通りである。

  1. 組織統率(ガバナンス): 経営層や管理職が安全を最優先とする強固な理念を掲げ、利益や効率と相反する局面であっても安全を妥協しない姿勢を現場に示せているか。

  2. 資源管理(リソース・マネジメント): 安全を担保するために不可欠な予算、適切な人員配置、教育のための時間といった経営資源が、惜しみなく適切に投資されているか。

  3. 作業管理(ワーク・マネジメント): 現場のルールや作業マニュアルが形骸化しておらず、実態に即した無理のない運用計画が日常的に実践されているか。

  4. 相互理解(コミュニケーション): 職位や部門の壁を越えて、ヒヤリハットや些細な懸念事項であっても、誰もが心理的安全性を感じながら自由に意見を言い合える風通しの良さがあるか。

  5. 学習伝承(オーガニゼーショナル・ラーニング): 過去の自社や他社の事故事例から真摯に学び、その教訓を組織の暗黙知として終わらせず、次世代へと継続的に継承する仕組みがあるか。

  6. 責任関与(コミットメント): 従業員一人ひとりが安全を「管理部門の仕事」ではなく「自らの責任」として捉え、決められたルールを自律的に遵守する高いプロフェッショナリズムを持っているか。

  7. 動機付け(モチベーション): 安全に対する積極的な提案や行動が組織内で正当に評価・賞賛され、義務感からではなく、自発的に職場を良くしようとする内発的動機が引き出されているか。

  8. 危険認知(リスク・アウェアネス): 日常業務に潜むリスクに対して常にアンテナを高く保ち、「今まで大丈夫だったから」という慣れや思い込みによる感度の低下を組織全体で防げているか。

これら8つの軸は、「決められたことを確実に守り、エラーを最小化する」という安全管理の基本(Safety-I)を極限まで高めるための、まさに非の打ち所がないフレームワークである。この8軸が高い水準で機能している組織は、日常的なトラブルやヒューマンエラーを未然に防ぐ極めて強固な防波堤を築き上げていると言える。

2. 現代の複雑性への適応:優れた基盤を「さらなる高み」へ導くために

8軸モデルは、安全管理の基盤として現在でも揺るぎない価値を持っている。しかし、現代の医療現場、先端製造業、あるいは複雑な交通・物流ネットワークを取り巻く環境は、過去に類を見ないスピードで変化し、そのシステムは高度に「密結合(Tight Coupling)」化している。

このようなVUCA(変動性、不確実性、複雑性、曖昧性)の時代においては、どんなに精緻なマニュアル(作業管理)を用意し、どんなに高いリスク感度(危険認知)を持っていたとしても、事前の想定を完全に超える「未知の事象(ブラック・スワン)」が必然的に発生する。

エリック・ホルナゲルらが提唱するレジリエンス・エンジニアリング(Safety-II)の視点によれば、これからの組織に求められるのは、エラーをゼロにする努力(Safety-I)に加えて、「変化し続ける状況の中で、いかに成功裏に業務を遂行し続けるか」という動的な適応能力である。

つまり、素晴らしい8軸モデルの基盤を否定するのではなく、その強固な土台の上に「想定外に対するしなやかな対応力」と、それを根底で支える「人間のコンディション」という新たな視点を接ぎ木することで、安全文化の診断はより立体的になり、組織の真のポテンシャルを引き出す「さらなる高み」へと到達できるのである。

3. 新たな次元の探求:追加された2つの軸の深層と相乗効果

卓越した8軸のフレームワークをさらに進化させるため、現代の組織心理学と安全科学の最前線から導き出されたのが、第9の軸「柔軟適応(レジリエンス)」と、第10の軸「心身充足(ウェルビーイング)」である。

第9の軸:柔軟適応(レジリエンス / Resilience)

この軸は、未知の脅威やマニュアルの空白地帯に直面した際、現場がパニックに陥ったりフリーズしたりすることなく、専門的な知見に基づいて臨機応変に対応し、安全な状態を維持・回復する「組織のしなやかさ」を測定する。 8軸モデルの「作業管理」が『通常時のルールの適切さ』を評価するのに対し、この「柔軟適応」は『異常時の対応力』を評価する。ルールを破ることを推奨するわけではない。ルールだけでは対応できない事態において、現場のリーダーシップとチームワークによって安全な着地点を見出すことが、組織として許容され、訓練されているかを問うのである。この軸が高い組織は、危機的状況下においても機能不全に陥らず、被害を最小限に食い止めることができる。

第10の軸:心身充足(ウェルビーイング / Well-being)

あらゆる安全行動の源泉は「人間」である。この軸は、従業員の疲労度、睡眠の質、ストレスレベル、メンタルヘルスなど、すべての認知活動と判断の土台となる「心身のコンディション」が健全に保たれているかを測定する。 いくら「コミュニケーション」の風通しが良くても、いくら「モチベーション」が高くても、極度の疲労やバーンアウト(燃え尽き症候群)に陥った状態の脳は、リスクを正確に認知するリソースを欠いている。ヒューマンエラーの根本には、必ずと言っていいほどこの「心身のゆとりの喪失」が潜んでいる。8軸モデルの「資源管理」が組織全体の人員や予算という『外的リソース』を測るのに対し、ウェルビーイングは従業員個人の脳と身体という『内的リソース』を測る。この軸を追加することで、精神論や意識づけだけでは解決できない、生物学的な限界に起因する安全の脆弱性を可視化することができる。

4. 10軸が織りなすシステムダイナミクスと構造的因果推論

レジリエントメディカル合同会社が提供する「10軸モデル」の真髄は、アンケート結果を単なるレーダーチャートとして出力して終わる点にはない。収集されたデータは、構造方程式モデリング(Structural Equation Modeling: SEM)という高度な統計手法を用い、10の軸が互いにどのような因果関係(パス)で結ばれているかを示す「システムダイナミクス」として解析される。

8軸の要素と、新たな2つの軸は、独立して存在するのではなく、複雑に影響を与え合っている。SEMを用いたパス解析により、組織に潜む「真のボトルネック」がデータとして明確に可視化される。

例えば、ある医療機関において「危険認知」のスコアが低下傾向にあったとする。単純な分析であれば「現場の安全意識が低下しているため、危険予知トレーニング(KYT)を徹底すべき」という対症療法的な結論に至る。 しかし、10軸モデルのSEM解析を行うと、全く異なる構造が見えてくることがある。「資源管理(人員不足)」という根本原因が、ダイレクトに「心身充足(ウェルビーイング)」を著しく悪化させており、その疲労の蓄積が認知機能を低下させ、結果として「危険認知」の低下を引き起こしている。さらに、心身の余裕がないため「柔軟適応(レジリエンス)」を発揮することもできず、形骸化した「作業管理(ルール)」への盲従を生み出している、という因果の連鎖である。

このパス図(因果モデル)が示されれば、経営陣が打つべき真の対策は、現場への精神論的な再教育ではなく、「人員の補充と適切なシフト管理(資源管理への介入)」による「心身充足の回復」であることが科学的に証明される。優れた8軸の指標が、新たな2つの軸と統計的に結びつくことで、診断結果は「現場への指導材料」から「経営陣の意思決定を促す科学的羅針盤」へと劇的な進化を遂げるのである。

まとめ

組織における安全文化の構築は、終わりのない旅である。旧来からの8軸モデルは、組織の安全基盤を強固にするための極めて優れた、そして現在でも絶対的に不可欠なフレームワークである。その偉大な功績と理論的価値は、今後も色褪せることはない。

レジリエントメディカル合同会社が開発した「安全文化の10軸モデル」は、その卓越した8軸の基盤の上に、「レジリエンス」という組織の動的な筋肉と、「ウェルビーイング」という個人の基礎体力を統合した、新時代のマスターピースである。

マニュアルによる統制(Safety-I)と、人間が持つしなやかな適応力(Safety-II)のベストミックス。これこそが、予測不可能な事態が日常化する現代において、組織が持続的な成長と絶対的な安全を両立させるための唯一の道である。レジリエントメディカル合同会社が提供するこの10軸モデルによる構造的な診断と介入は、あらゆる組織の安全文化を「優れた状態」から「卓越した、揺るぎない状態」へと力強く牽引していくことだろう。

参考文献

  • Reason, J. (1997). Managing the Risks of Organizational Accidents. Ashgate Publishing.

  • Hollnagel, E. (2014). Safety-I and Safety-II: The Past and Future of Safety Management. CRC Press.

  • Edmondson, A. C. (1999). Psychological Safety and Learning Behavior in Work Teams. Administrative Science Quarterly, 44(2), 350-383.

  • Hollnagel, E., Woods, D. D., & Leveson, N. (Eds.). (2006). Resilience Engineering: Concepts and Precepts. Ashgate Publishing.

  • Kahneman, D. (2011). Thinking, Fast and Slow. Farrar, Straus and Giroux.

  • Perrow, C. (1984). Normal Accidents: Living with High-Risk Technologies. Basic Books.

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2025-07-18

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