安全風土の構築と醸成~安全文化との違いと関係

安全風土(Safety Climate)とは~定義と本質

安全風土とは何か

安全風土とは、「組織の構成員を安全の配慮や安全行動へ導く組織環境」と定義される。例えば、原子力安全システム研究所の研究では、安全風土は「組織の構成員を安全の配慮や安全行動へ導く組織環境」とされている。医療や産業現場においても、職場の安全状態に関する認識や共有された価値観が安全風土として扱われている。

このように、安全風土は組織の「雰囲気」や「態度・信念・認識」の蓄積された集合体であり、物理的な制度や装置とは異なるソフトな要素に位置づけられる。

自分の組織の安全文化を測定する

安全風土の必要性

安全風土が企業にとってなぜ重要か

安全風土の欠如は事故やハザードの温床となり、結果として企業に大きなリスクをもたらす。東京海上日動リスクコンサルティングの報告では、「安全風土が欠如すると物的・人的ハザードを誘発し、それが事故につながり、最終的には経済的・社会的損失というリスクを引き起こす」と記述されている。

逆に、安全風土が健全に構築されている職場では、構成員が危険に気づき対処し、ハザードを未然に防ぐ行動が促進される。こうした視点は、単なる制度の整備を超えて「安全への配慮が自然な行動となる風土」の形成が重要であることを示している。

安全風土の構築手法

どのように安全風土を構築するのか

組織による環境整備
安全に対する組織の姿勢、マネジメントのコミットメント、トップの発信力を明確化し、「安全第一」という共通認識を作り出すことが必要である。

測定と評価
安全風土を数値化・把握するためには、調査票を用いた質問紙調査が活用される。例えば、職場の「組織の安全姿勢」「上司の姿勢」「安全の職場内啓発」「安全行動」「モラル」といった因子ごとに評価する尺度もある。

教育・研修の実施
教育の枠組みによる取り組みでは、安全文化や安全風土を醸成する研修プログラムが多く導入されている。

フィードバックと継続改善
安全風土の確立には一過性ではなく、継続的な関与と改善が重要である。現場の声を取り入れ、PDCAサイクルを回すことが求められる。

安全風土の醸成

安全風土の醸成とは

「醸成」とは、安全風土が単に作られるだけでなく、現場メンバーの間に自然と根づき、共有・深化するプロセスを表す。教育やコミュニケーション、現場による自発的な安全活動などを通じて、徐々に文化として定着していくことを意味する。

例えば、高野研一教授による安全文化の8軸モデルは、安全のソフト面(リレーション)とハード面(オペレーション)の双方を醸成する観点を提供する。このモデルでは「組織統率」「責任関与」「相互理解」「危険認知」「学習伝承」「作業管理」「資源管理」「動機づけ」という8軸で構造化され、安全文化・風土を可視化している。

醸成を支える要素とは

トップの関与とメッセージ
トップマネジメントが率先して安全の重要性を示す姿勢が不可欠である。見える行動と評価が従業員の意識に影響を与える。

報告できる文化(Reporting Culture)
ミスやヒヤリ・ハットを恐れず報告できる「正直な文化」が醸成につながる。

公正感(Just Culture)と学習文化(Learning Culture)
失敗を責めず学びに転換する「公正な文化」や「学習する文化」が根づくことで、持続的な安全行動が促進される。

柔軟性ある組織(Flexible Culture)
危機や変化に柔軟に対応できる組織風土も、安全風土醸成の一環である。

全員参加型のプロセス
医療安全の事例では「全員参加で取り組む」ことが安全文化醸成に不可欠であるとされている。

安全風土と安全文化の違いと関係

安全文化の定義と本質

安全文化とは、チェルノブイリ事故後に国際原子力安全諮問グループ(INSAG)が提唱した概念であり、「安全の問題が最も優先されるという価値観や行動様式が組織の構成員において共有されている状態」と定義される。

つまり、安全文化は組織の深層心理や価値観に位置づけられ、安全への態度や行動規範として包括的に定着している状態を意味する。

安全風土と安全文化の違いと関係

階層的関係
安全文化が深層の価値観・信念・行動規範を含むものであるのに対し、安全風土はその文化が顕在化した、あるいは表層的に現れた状態と捉えられる。

理論的立場の差異
西田豊は、安全風土と安全文化は概念的には異なるものだが、安全風土を文化の「顕在化」として捉える階層関係を認められるとして整理している。

実用的には同義とする立場
一方、企業実務の現場では、安全文化と安全風土がほぼ同義に使われることが多く、あえて区分しないという見解も存在する。

教育・測定手法における扱いの違い
教育枠組みにおいては、文化と風土を混同して扱われることが多く、「安全文化/安全風土」と並記して使われるケースが多数見られる。

安全文化と安全風土の関係まとめ

観点安全文化安全風土
定義深層の価値観・信念・行動規範文化の表層的顕在化、態度や認識
位置づけ組織文化の一部、深層構造組織文化の現象・認識の集約
実務上より抽象的・価値的具体的・測定しやすい
使用傾向抽象的概念として教育や理論で強調実務での評価や改善に活用

まとめと展望~安全風土構築の全体像

  • 安全風土は、組織を安全行動へ自然に駆り立てる雰囲気や態度の集合体である。
  • 構築には、トップの関与、制度と測定、教育、フィードバックが必要である。
  • 醸成には、報告しやすさ、公正感、学習文化、柔軟性、全員参加が鍵となる。
  • 安全文化は深層にある価値観の全体像であり、安全風土はその表層的な現れである。
  • 実務では両者を区別せず、相互補完的に扱うことが多い。

参考文献

  1. 原子力安全システム研究所「安全風土とは、組織の構成員を安全の配慮や安全行動へ導く組織環境」

  2. 東京消防庁『安全報告書』における安全文化・安全風土尺度

  3. 東京海上日動リスクコンサルティング「TRC EYE」安全風土に関する報告書

  4. 西田豊「安全性を確保しなくてはならないという認識のもと,組織における安全風土,安全文化の評価とその向上」原子力安全システム研究所報告

  5. 高野研一「安全文化の8軸モデルによる安全文化醸成」

  6. 宮地・村越ほか「安全文化/安全風土の教育枠組みに関する研究」日本産業教育学会誌

  7. Reason, J. “Managing the Risks of Organizational Accidents.” Ashgate, 1997.

  8. INSAG (International Nuclear Safety Advisory Group). “Basic Safety Principles for Nuclear Power Plants.” IAEA, 1988.

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