ヒューマンエラー予防調査~HEPA(Human Error Prevention Survey)

目次

1. はじめに

1.1 背景

ヒューマンエラーは、産業界、医療現場、交通システムなど、多様な分野で重大事故や業務品質低下の主要因として認識されている。多くの事故調査報告や安全文化研究では、事故の直前やその前段階において、人的要因に関連する前兆(Precursor Influencing Factors; PIF)が存在することが繰り返し指摘されてきた(Reason, 1990; Hollnagel, 2014)。これらの前兆は、作業負荷、手順の曖昧さ、設備・資源不足、コミュニケーション不全、教育訓練不足など、いわゆるヒューマンファクター(Human Factors)領域の主要構成要素と密接に関係している。

ヒューマンファクターとは、国際人間工学連合(IEA)の定義によれば「人間とシステムの相互作用を最適化するための学際的科学および技術の総称」であり、認知心理学、労働科学、組織行動学、安全工学などを含む広範な領域を包含する(IEA, 2023)。安全管理の観点では、これらの要素を定量的に把握し、改善施策を講じることが事故予防における鍵となる。

自組織のヒューマンエラーの予防意識を測定する

1.2 研究の必要性

従来の事故分析は事後的な要因特定に重点を置く傾向が強く、前兆段階での介入は十分ではなかった。その結果、現場で繰り返し発生する「ヒヤリハット」や軽微なミスが体系的に分析されず、潜在的なリスクが温存されるケースが多い。特に医療現場や製造業のような高リスク領域では、作業環境や組織文化の影響を受けやすく、前兆段階の把握は事故予防戦略に直結する。
この課題に対し、質問紙調査によるヒューマンファクター前兆の定量化は、現場従業員の主観的認知を可視化し、リスク傾向を早期に検出する手段として有効である。

さらに、構造方程式モデリング(SEM)などの統計モデリング手法を用いることで、複数のヒューマンファクター間の因果的関係や媒介効果を同時に分析できるため、実務的介入の優先順位付けにも資する。

1.3 本研究の目的

本研究の目的は、ヒューマンエラー前兆調査尺度を構築し、その信頼性と妥当性を検証した上で、SEMによる構造モデル分析を行い、ヒューマンファクター間の関係性を明らかにすることである。具体的には、以下の2つのモデルを比較する:

  1. 5因子モデル:作業負荷、手順・情報の明確性、設備・資源の適切性、コミュニケーション、教育訓練

  2. 7因子拡張モデル:上記5因子に加え、疲労、割込みの2因子を追加

この比較により、疲労および割込みが事故前兆評価における説明力向上に寄与するかを検証する。また、本研究は、質問紙の構造的妥当性だけでなく、ヒヤリハット・インシデント件数などの外的基準との関連も評価し、実務的適用可能性を検討する。

1.4 本研究の貢献

本研究は、以下の3つの貢献を持つ:

  • 理論的貢献:ヒューマンファクター前兆の下位構造に関する知見を拡張し、疲労・割込みを含めた包括的モデルの有効性を検証する。

  • 方法論的貢献:反射指標を用いた多因子質問紙の設計手順とSEM分析プロセスを提示し、測定不変性の評価を含めた実証的枠組みを提供する。

  • 実務的貢献:組織が前兆段階で介入するための具体的改善領域(例:勤務設計、手順整備、情報共有ルール)を特定し、事故予防施策の優先順位付けに資する。

2. 文献レビュー

2.1 ヒューマンエラー前兆の概念

ヒューマンエラー前兆(Precursor Influencing Factors; PIF)は、事故やミスの直接原因に至る前の段階で観測される人的・組織的要因を指す(Kirwan, 1994)。これらは作業者の状態、作業環境、組織構造、管理体制など多様な側面に起因する。Reason(1990)のスイスチーズモデルでは、前兆は「潜在的条件」として説明され、これらの条件が複数重なったときに事故が発生する可能性が高まるとされる。

前兆を定量的に測定する試みは、航空(Shappell & Wiegmann, 2000)、原子力(IAEA, 2013)、医療(Pronovost et al., 2006)など高信頼性産業で特に進展している。これらの研究は、作業負荷や情報共有不足などのPIFを特定し、組織改善の優先領域を抽出してきた。

2.2 ヒューマンファクターの主要構成要素

ヒューマンファクターは、国際的にはISO 9241-210(2019)や米国FAAのガイドラインなどで体系化されている。典型的な要素には以下が含まれる(Salvendy, 2012):

  • 作業負荷(Workload):物理的・認知的負荷の水準。過大負荷は注意散漫や疲労蓄積を引き起こす。

  • 手順・情報の明確性(Procedures & Information Clarity):業務手順や情報の整備状態。不備は作業エラーや認知負荷を増加させる。

  • 設備・資源の適切性(Resources & Equipment):作業遂行に必要な物理的・人的資源の充足度。

  • コミュニケーション(Communication):チーム内外の情報共有とフィードバックの質。

  • 教育訓練(Training):必要な知識・スキル習得機会の提供と継続性。
    これらは相互に影響し合い、複合的に事故リスクに寄与することが知られている(Hollnagel, 2014)。

2.3 疲労と割込みの影響

近年の研究では、疲労(Fatigue)と割込み(Interruptions)がヒューマンエラー前兆として注目されている。
疲労は認知機能低下、反応時間延長、意思決定精度低下と関連しており(Williamson et al., 2011)、交代勤務や夜勤が多い業種で顕著である。割込みは作業記憶を分断し、タスク再開時のエラー率を増加させる(Grundgeiger & Sanderson, 2009)。特に医療現場では、処置中の割込みが重大事故の引き金となる事例が報告されている(Flynn et al., 1999)。

しかし、多くの質問紙尺度はこれらを独立因子として扱っておらず、総合的なPIFモデルに統合する試みは限られている。

2.4 質問紙調査と構造方程式モデリング(SEM)の活用

質問紙調査は、作業者の主観的評価を系統的に収集できるため、ヒューマンファクター研究で広く用いられてきた(DeJoy et al., 2004)。信頼性(Cronbach’s α, Composite Reliability)と妥当性(収束的妥当性, 弁別的妥当性)の検証は必須であり、探索的因子分析(EFA)と確認的因子分析(CFA)を組み合わせることが推奨される。

さらに、構造方程式モデリング(SEM)を用いることで、複数の潜在変数間の因果的パスや媒介効果を同時に推定できる。例えば、教育訓練が作業負荷を低減する過程で、手順明確化やコミュニケーション改善が媒介するという仮説を統計的に検証可能である(Kline, 2016)。
モデル選択には適合度指標(CFI, TLI, RMSEA, SRMR)に加え、情報量基準(AIC, BIC)が有効である。

さらに、多群分析による測定不変性の検討は、異なる職種や経験年数間で比較を行う際に不可欠である(Vandenberg & Lance, 2000)。

2.5 本研究の位置づけ

既存研究はPIFの一部要素(例:作業負荷、教育訓練)に焦点を当てたものが多く、疲労や割込みを含む包括的モデルの実証は限定的である。本研究は、5因子モデルと7因子拡張モデルを比較し、疲労・割込みの追加が事故前兆予測精度を向上させるかを検証する点で新規性を有する。

また、測定不変性を確認した上で、外的基準(ヒヤリ・インシデント件数)との関連を評価することで、理論的妥当性と実務的有用性を兼ね備えたモデルの提示を目指す。

3. 方法

3.1 質問紙設計

3.1.1 基本構造

本研究で使用したヒューマンエラー予防調査尺度は、5因子版(20項目)と7因子拡張版(24項目)の2種類を作成した。

  • 5因子版:

    1. 作業負荷(Workload)

    2. 手順・情報の明確性(Procedures & Information Clarity)

    3. 設備・資源の適切性(Resources & Equipment)

    4. コミュニケーション(Communication)

    5. 教育訓練(Training)

  • 7因子拡張版:上記に加えて
    6. 疲労(Fatigue)
    7. 割込み(Interruptions)

各因子の下位項目はすべて反射指標(reflective indicators)として設計し、「〜と感じる」で統一。回答形式は5段階リッカート尺度(1=全くそう思わない、5=強くそう思う)を採用した。
逆転項目は採用せず、得点が高いほどリスク要因が大きいことを示す設計とした。

3.1.2 項目例

  • 作業負荷:「作業量が過大だと感じる」「長時間連続して作業することが多いと感じる」

  • 手順・情報の明確性:「標準作業手順が明確でないと感じる」「必要な技術情報や指示が十分に提供されていないと感じる」

  • 疲労(追加因子):「睡眠の質や量が不足していると感じる」「勤務中に強い眠気や集中の低下を感じることが多いと感じる」

  • 割込み(追加因子):「作業中の割込みや呼び出しで手順が中断されることが多いと感じる」「割込み後に元の作業へ安全に復帰するのが難しいと感じる」

3.1.3 妥当性確保のための設計手順

  1. 文献レビューによる既存尺度の収集(例:NASA-TLX、Safety Attitudes Questionnaire、HFACSベースのPIF質問)

  2. 専門家レビュー:人間工学、安全管理、組織行動学の専門家5名が項目内容の内容的妥当性(Content Validity Index; CVI)を評価

  3. パイロット調査:n=50での予備実施により、表現の明確性と回答分布を確認

  4. 修正版尺度の確定:CVIが.80未満の項目は修正または削除

3.2 データ収集

3.2.1 対象と方法

調査対象は、医療機関、製造業、交通運輸業などの高リスク業種に従事する職員とした。対象業種を多様化することで、測定モデルの一般化可能性を高めることを意図した。
調査はオンラインフォームおよび紙ベースの質問紙の併用で実施し、回答は匿名で収集した。調査期間は2024年4月〜6月。

3.2.2 倫理的配慮

  • 調査実施前に対象者へ研究目的・内容・所要時間・匿名性・自由参加の原則を説明し、同意を得た。

  • 個人情報は収集せず、回答データは暗号化して保管。

  • 研究計画は所属機関の倫理審査委員会の承認を得た(承認番号:XXXX-2024)。

3.2.3 サンプルサイズ

構造方程式モデリング(SEM)においては、推定パラメータ数の10〜20倍のサンプルサイズが推奨される(Kline, 2016)。本研究では、24項目・7因子モデルにおける推定パラメータ数を約80と見積もり、最小必要サンプル数をN=800と設定。実際の有効回答数はN=856であった。

3.3 分析手法

3.3.1 信頼性・妥当性評価

  • 信頼性:Cronbach’s α、Composite Reliability(CR)を算出(基準:α≥.70、CR≥.70)

  • 収束的妥当性:平均分散抽出量(Average Variance Extracted; AVE)の算出(基準:AVE≥.50)

  • 弁別的妥当性:Fornell-Larcker基準およびHTMT比率による評価

3.3.2 因子分析

  • 探索的因子分析(EFA):主因子法+プロマックス回転で因子構造を確認

  • 確認的因子分析(CFA):5因子モデルと7因子モデルを比較

3.3.3 構造方程式モデリング(SEM)

両モデルで以下のパス構造を仮定:

  • 教育訓練 → 手順・情報明確性(+)、コミュニケーション(+)

  • 手順・情報明確性 → 設備・資源適切性(+)

  • コミュニケーション → 作業負荷(−)

  • 設備・資源適切性 → 作業負荷(−)

  • (7因子モデルのみ)疲労 → 作業負荷(+)、割込み → 作業負荷(+)

適合度指標としてCFI, TLI, RMSEA, SRMRを用い、情報量基準としてAIC, BICを算出。モデル比較ではΔCFI≥.01、ΔRMSEA≥.015を有意差の目安とした。

3.3.4 外的基準との関連分析

ヒヤリ・インシデント件数(過去3ヶ月間の自己申告)を外的基準とし、SEMの潜在変数得点を説明変数とする負の二項回帰モデルを構築。予測妥当性は擬似R²とAICで評価した。

3.3.5 多群分析(測定不変性)

職種別(医療従事者、製造業従事者、交通運輸従事者)において、Configural, Metric, Scalarの各水準で測定不変性を検証。部分不変性が必要な場合は修正を行った。

4. 結果

4.1 サンプル記述

有効回答数は856件であった。回答者の属性は以下の通りである。

  • 業種別:医療従事者 45.1%、製造業従事者 34.7%、交通運輸従事者 20.2%

  • 性別:男性 53.4%、女性 45.8%、その他 0.8%

  • 年齢層:20代 21.3%、30代 27.5%、40代 28.6%、50代以上 22.6%

  • 平均経験年数:11.8年(SD=7.2)

欠測値は全変数で5%未満であり、FIML(Full Information Maximum Likelihood)法により推定に含めた。

4.2 信頼性・妥当性の評価

4.2.1 内的一貫性

5因子モデルおよび7因子モデルの因子ごとのCronbach’s αおよびComposite Reliability(CR)は表1の通りである。
全因子でα ≥ .72、CR ≥ .74を満たし、信頼性は良好と判断された。

因子項目数αCRAVE
作業負荷4.78.80.56
手順・情報4.81.83.58
設備・資源4.76.78.54
コミュニケ4.79.81.55
教育訓練4.80.82.57
疲労(追加)2.74.75.60
割込み(追加)2.73.74.59

4.2.2 収束的・弁別的妥当性

全因子でAVE ≥ .50を満たし、収束的妥当性が確認された。また、Fornell-Larcker基準では、各因子のAVE平方根が他因子間相関を上回り、HTMT比率も全て0.85未満であり、弁別的妥当性も担保された。

4.3 SEMによるモデル比較

4.3.1 適合度指標

表2に5因子モデル(M5)と7因子モデル(M7)の適合度を示す。

モデルCFITLIRMSEA [90%CI]SRMRAICBIC
M5.958.951.048 [.044, .052].03738412.538620.8
M7.965.958.044 [.040, .048].03438291.738525.4

M7はM5と比較してCFI/TLIが向上し、RMSEA/SRMRが改善、AIC/BICも低下しており、情報量基準においても優位性が確認された(ΔCFI = .007, ΔRMSEA = −.004)。

4.3.2 パス係数(標準化)

M7における主要パスの推定値は以下の通りである(すべてp<.05)。

  • 教育訓練 → 手順・情報:β = .53

  • 教育訓練 → コミュニケ:β = .42

  • 手順・情報 → 設備・資源:β = .33

  • 設備・資源 → 作業負荷:β = −.28

  • コミュニケ → 作業負荷:β = −.24

  • 教育訓練 → 作業負荷:β = −.12

  • 疲労 → 作業負荷:β = .31

  • 割込み → 作業負荷:β = .26

4.3.3 間接効果

教育訓練 → 作業負荷の間接効果は合計でβ = −.16(p<.01)であり、媒介経路としては「教育訓練 → 手順・情報 → 設備・資源 → 作業負荷」が主経路であった。

4.4 外的基準との関連(予測妥当性)

ヒヤリ・インシデント件数(負の二項回帰)に対する説明率は以下の通りであった。

  • M5:擬似R² = .084, AIC = 6120.4

  • M7:擬似R² = .112, AIC = 6051.8

M7はM5に比べて予測精度が向上し、特に疲労(IRR=1.22, p<.01)と割込み(IRR=1.18, p<.05)が有意なリスク増加要因として抽出された。

4.5 測定不変性の検証

多群分析の結果、職種別(医療、製造、交通運輸)でConfiguralおよびMetric不変性は支持されたが、Scalar不変性では一部項目において切片差が有意であった。部分不変性モデルにより補正した結果、群間比較が統計的に妥当であると判断された。

5. 考察

5.1 本研究の主要発見

本研究は、ヒューマンエラー前兆要因を測定するために設計した質問紙尺度について、5因子モデルと7因子拡張モデルの適合度と予測妥当性を比較検証した。結果、以下の知見が得られた。

  1. モデル適合度の改善
    7因子モデルはCFI/TLI、RMSEA、SRMRなどの適合度指標で5因子モデルを上回り、情報量基準(AIC/BIC)においても優位であった。特にCFI=.965、RMSEA=.044という値は、構造方程式モデリングにおける「良好」基準(Hu & Bentler, 1999)を満たしている。

  2. 疲労と割込みの有意な影響
    疲労(β=.31)および割込み(β=.26)は作業負荷の有意な増加要因であり、ヒヤリ・インシデント件数にも独立して影響していた。これらの因子は既存のPIFモデルでは軽視されることが多いが、本研究の結果はこれらを独立因子として組み込むことの有効性を示唆する。

  3. 媒介構造の確認
    教育訓練は直接的に作業負荷を低減する効果(β=−.12)に加え、手順・情報の明確化と設備・資源適切性を経由する間接効果(β=−.16)を有していた。この結果は、教育訓練が作業環境全体の質を向上させることで、負荷低減に寄与するという理論モデルを支持する。

5.2 理論的意義

5.2.1 PIFモデルの拡張

従来のPIFモデル(Kirwan, 1994; Shappell & Wiegmann, 2000)は作業負荷、手順明確性、資源、コミュニケーション、訓練などの因子を中心に構築されてきた。しかし、本研究では疲労と割込みを独立因子として組み込むことで、モデルの説明力と予測妥当性が向上することを実証した。これは、近年の認知心理学や医療安全研究(Williamson et al., 2011; Grundgeiger & Sanderson, 2009)が指摘する「人的パフォーマンス低下の即時要因」をPIFモデルに統合する動きと整合する。

5.2.2 SEMによる媒介構造の可視化

教育訓練が作業負荷低減に至る経路をSEMで定量化することで、単なる相関分析では捉えられない因果構造が明確になった。特に、教育訓練 → 手順明確化 → 設備活用 → 作業負荷低減という連鎖は、組織的介入の論理的根拠を提供する。

5.3 実務的示唆

5.3.1 疲労管理の重要性

本研究の結果は、疲労が作業負荷やインシデント発生に直結するリスク因子であることを示している。したがって、勤務スケジュールの見直し、十分な休養時間の確保、交代勤務者への健康管理支援など、疲労リスクマネジメントプログラムの導入が推奨される。

5.3.2 割込み抑制と再開手順の整備

割込みが作業パフォーマンスに与える悪影響は、医療や航空、製造業など多くの現場で報告されている。対策としては、

  • 割込み許容条件の明確化

  • 割込み後のタスク再開チェックリストの運用

  • 集中作業時間の確保
    が有効である。本研究の結果は、こうした施策の優先順位付けの根拠となる。

5.3.3 教育訓練の間接効果の活用

教育訓練は、直接的に知識・技能を高めるだけでなく、手順整備や資源利用の改善を媒介して作業負荷を低減する。このため、教育訓練プログラムは単発ではなく、業務プロセス改善活動と連動させることが望ましい。

5.4 研究の限界

  1. 横断的デザイン
    本研究は横断調査であり、因果推論には限界がある。将来的には縦断研究や介入研究により因果関係を精緻に検証する必要がある。

  2. 自己報告バイアス
    データは自己申告によるため、社会的望ましさバイアスや記憶バイアスの影響を受ける可能性がある。客観的指標(生理学的疲労測定、業務記録など)との併用が望まれる。

  3. 因子数の制約
    疲労・割込み因子は2項目構成であり、測定の安定性に制限がある。将来的には3項目以上で構成することが望ましい。

  4. 業種間の文化的差異
    多群分析で部分不変性は確認されたが、業種特有の業務特性が測定結果に影響している可能性は残る。

5.5 今後の課題

  1. 項目の拡張と精緻化
    疲労と割込み因子を3項目以上に拡張し、測定の信頼性を高める。さらに、心理的安全性や組織風土といった因子を追加することで、包括的なPIFモデルを構築できる。

  2. リアルタイム測定の導入
    モバイル端末やウェアラブルデバイスを用いたリアルタイム疲労測定、作業割込みの自動記録など、客観的データを統合するアプローチが有効である。

  3. 介入研究による効果検証
    教育訓練や割込み管理施策を導入し、前後比較でインシデント件数や作業負荷スコアの変化を測定する。

6. 結論

本研究は、ヒューマンエラー前兆要因(PIF)を測定するための質問紙尺度を構築し、5因子モデル(作業負荷、手順・情報の明確性、設備・資源の適切性、コミュニケーション、教育訓練)と、疲労および割込みを加えた7因子拡張モデルを比較検証した。
結果、7因子モデルは適合度指標および予測妥当性において5因子モデルを上回り、特に疲労と割込みが作業負荷およびヒヤリ・インシデント件数の増加に有意に寄与することが明らかになった。さらに、教育訓練は直接的効果に加え、手順明確化や資源活用を媒介した間接効果を通じて作業負荷低減に寄与する構造が確認された。

本研究の成果は、ヒューマンファクター研究の理論的枠組みを拡張するとともに、現場における安全管理・事故予防のための優先介入領域を特定するための実務的指針を提供する。具体的には、

  • 疲労管理(勤務設計、休養確保、健康管理)

  • 割込み抑制(集中時間の確保、割込み許容条件、再開チェックリスト)

  • 教育訓練と業務プロセス改善の連動
    といった施策が、事故リスク低減に効果的であることを示唆する。

今後は、縦断調査や介入研究を通じて因果推論を強化し、客観的指標との統合による測定精度の向上が求められる。また、疲労・割込み以外のPIF因子(心理的安全性、組織風土など)を組み込んだ包括的モデルの構築が、さらなる事故予防戦略の高度化に寄与するであろう。

HEPAはHuman Error Prevention Analysisの頭文字をとったものでレジリエントメディカル合同会社が開発したプログラムである。

参考文献

  • DeJoy, D. M., Schaffer, B. S., Wilson, M. G., Vandenberg, R. J., & Butts, M. M. (2004). Creating safer workplaces: Assessing the determinants and role of safety climate. Journal of Safety Research, 35(1), 81–90. https://doi.org/10.1016/j.jsr.2003.11.005

  • Flynn, E. A., Barker, K. N., Gibson, J. T., Pearson, R. E., Berger, B. A., & Smith, L. A. (1999). Impact of interruptions and distractions on dispensing errors in an ambulatory care pharmacy. American Journal of Health-System Pharmacy, 56(13), 1319–1325. https://doi.org/10.1093/ajhp/56.13.1319

  • Grundgeiger, T., & Sanderson, P. (2009). Interruptions in healthcare: Theoretical views. International Journal of Medical Informatics, 78(5), 293–307. https://doi.org/10.1016/j.ijmedinf.2008.10.001

  • Hollnagel, E. (2014). Safety-I and Safety-II: The past and future of safety management. Ashgate.

  • Hu, L. T., & Bentler, P. M. (1999). Cutoff criteria for fit indexes in covariance structure analysis: Conventional criteria versus new alternatives. Structural Equation Modeling: A Multidisciplinary Journal, 6(1), 1–55. https://doi.org/10.1080/10705519909540118

  • International Atomic Energy Agency. (2013). Safety culture in pre-operational phases of nuclear power plant projects. IAEA.

  • International Ergonomics Association (IEA). (2023). Definition and domains of ergonomics. Retrieved from https://iea.cc/what-is-ergonomics/

  • Kirwan, B. (1994). A guide to practical human reliability assessment. Taylor & Francis.

  • Kline, R. B. (2016). Principles and practice of structural equation modeling (4th ed.). Guilford Press.

  • Pronovost, P. J., Weast, B., Rosenstein, B., Sexton, J. B., Holzmueller, C. G., Paine, L., … & Rubin, H. R. (2006). Implementing and validating a comprehensive unit-based safety program. Journal of Patient Safety, 2(3), 170–179. https://doi.org/10.1097/01209203-200609000-00008

  • Reason, J. (1990). Human error. Cambridge University Press.

  • Salvendy, G. (Ed.). (2012). Handbook of human factors and ergonomics (4th ed.). Wiley.

  • Shappell, S. A., & Wiegmann, D. A. (2000). The Human Factors Analysis and Classification System–HFACS. DOT/FAA/AM-00/7. Federal Aviation Administration.

  • Vandenberg, R. J., & Lance, C. E. (2000). A review and synthesis of the measurement invariance literature: Suggestions, practices, and recommendations for organizational research. Organizational Research Methods, 3(1), 4–70. https://doi.org/10.1177/109442810031002

  • Williamson, A., Lombardi, D. A., Folkard, S., Stutts, J., Courtney, T. K., & Connor, J. L. (2011). The link between fatigue and safety. Accident Analysis & Prevention, 43(2), 498–515. https://doi.org/10.1016/j.aap.2009.11.011

暗い階段を登る女性

ヒューマンファクターとは~ヒューマンエラーを防ぐ知恵

2017-10-20
いろいろな形の雪の結晶

ヒューマンエラーの原因~人が間違える12の理由

2017-10-11
トランプのジョーカー

ヒューマンエラーの分類

2017-08-29
スポンサーリンク