インシデントをヒヤリハットだと思っている人々

夜の街中の川を航行する船
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インシデントとヒヤリハットは同じ意味か

インシデントとヒヤリハットの違いを説明した図

「気づかない」=「問題ない」という恐さ

ヒヤリハットは文字どおり「ひやり」とした「ハッと」したというのが語源です。

その意味は、事故に至る可能性のあった出来事の「発見」です。

一方でインシデントは、事故に至る可能性のあった「出来事そのもの」であり、言い換えるなら事故に至らなかった出来事です。

一見するとヒヤリハットとインシデントは、ほぼ同義に見えます。

しかし、もし仮に「ひやり」とも「ハッと」もしないインシデントが起きたら、それはヒヤリハットなのでしょうか?

ヒヤリハットとは「ひやり、ハッと」とした出来事を発見したときに起きる人間側の感情です。つまり人間の主観です。しかし同じ状況でも、人それぞれ感じ方は違います。認識も違います。ヒヤリハットとインシデントが同義なら、インシデントも「ひやり、ハッと」している必要があります。

しかし、過去の事故事例をみると、「ひやり、はっと」することもなくインシデントの状態に踏み込み、なおかつそれが重大事故まで発展しているケースが多々あります。

ヒヤリハットという言葉を限定的にしたいわけではありません。ただ、あまりにもヒヤリハットという言葉が浸透し、インシデントと同じ意味で捉えることに疑問を投げかけたいのです。

なぜなら、インシデント=ヒヤリハットという認識によって、「ひやり、はっと」しない状態を、人は安全もしくは平常状態だと誤認をする可能性があるからです。

「出来事そのもの」と「発見すること」は異なる概念です。注意が必要なのは、これらの概念を同一視し、主観で認識できない問題を見落とすことです。

「ひやり、ハッとしない」=「なにも問題ない」

前述したように、インシデント→アクシデントに至った事故事例をみると、関与した人がインシデントの状態に「ひやり、ハッと」せず、事故に至ってから血の気のひく様子が多々みられるからです。

次に実際に発生した医療事故を例に解説します。

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ヒヤリハットすることのないインシデント

2000年2月京都の病院で、患者に装着された人工呼吸器の加温加湿器の中へ、滅菌精製水を補充するところを誤ってエタノールを注入する事故が発生。

約53時間後に別の看護師が誤注入を発見。その21時間後の3月2日、患者は急性エタノール中毒と原疾患のミトコンドリア脳筋症の悪化によって亡くなった。

この事故は夜勤についていた卒後1年目の看護師が滅菌精製水を補充するところを誤ってエタノールを注入してしまって起きた事故です。この誤りを発見したのは当該新人看護師の先輩看護師です。誤注入を発見するまでかかった時間は約53時間後でした。

もう1度いいます。発見されたのは「53時間後」でした。

誰も「ひやり」とも「ハッと」もせずに進行した

この事例において、インシデントの段階で事故を食い止められた時間は極めて短い時間です。新人看護師が誤った薬品を倉庫から病室に運び、それを人工呼吸器の加温加湿器に注入されるまでの僅かな時間です。このケースでは先輩看護師が誤った薬品の注入に気がついたときには、すでにインシデントとはいえない状況にまで至っていたといえます。

しかし、おそらく先輩看護師は、エタノールを発見したとき「ひやり」もしくは「ハッと」したはずです。つまりヒヤリハットです。もし仮にヒヤリハットとインシデントが同義なら、エタノールを53時間注入された患者がいても事故ではなくインシデントということになるのではないでしょうか?このケースでは、アクシデントにまで至った段階でヒヤリハットしているのです。

新人看護師が滅菌精製水と誤ってエタノールを注入したとき、それはアクシデントに変わっています。そして、それは重大事故につながった。以下の図はインシデントの患者影響レベル分類です。

医療介護におけるヒヤリハット患者影響レベル分類の表

この患者影響レベルの分類では、多くの医療機関がレベル3aの前後でインシデントとアクシデントを区別します。

今回の事例では最終的にレベル5まで至っているのです。

事故が発生すると、誰もがアクシデントと認識します。しかし、その過程にはインシデントで食い止められる段階があったのです。

インシデントとアクシデントは別々の概念です。だからこそ安全に関わる人々はそれを分類しようとするのです。

しかしアクシデントには必ずインシデントの段階が存在します。そして多くの場合、そのインシデントに人は気づかないからアクシデントへと変わるのです。

たとえ誰も「ひやり」とも「ハッと」もしなくても、インシデントは起きている可能性があるということです。

われわれは何と向き合っているのか

安全というものを人々が最も強く認識するのは、安全が失われたときです。

平時に安全というものを意識することはもちろん可能です。しかし人は、ときにその存在を当たり前に感じ、いつしか忘れてしまうものでもあります。

 

例えば夜空を見上げたとき、そこに無数の輝く星空が広がっている。

その星の一つ一つが「リスク」だとします。

山の頭上に広がる星空

しかしその星空は、夜が明けてしまえば見えなくなってしまう。

太陽の光によって明るくなったら、その星々は見えなくなり青空が広がる。

でも、その星々は見えなくなっただけであり、空の向こうにはいつも星はあるのです。だから私たちは、その忘れてしまいがちな星、つまりリスクをいつも忘れずにいなければならないのです。

安全を実現できる人々は事故を起こしうる人々と同一である

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