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ヒューマンエラーの対策に有効な方法
ヒューマンエラーの対策をする際は、以下の図のような流れで検討すると有効です。
①エラーを誘発する業務をやめる
あえて実行可能性を無視していえば、ヒューマンエラーを防ぐために最も効果的な対策は、エラーを誘発する業務そのものをやめることです。エラーというものは実施する必要がある業務にともなって起こるものです。つまり、そもそもリスクのある業務を無くすことができれば、エラーも無くなるという考え方です。
この考え方を機会最小といいます。
機会最小とは文字どおり、エラーにつながる機会を最小化するものです。ヒューマンエラーの対策では、基本的に機会最小から検討すべきです。リスクのある業務を「やめる」「なくす」「減らす」という対策は、あらゆる対策の中でも極めて効果が高いからです。
しかし、残念ながら必要があって行っている業務をやめることは現実的に困難な場合もあるでしょう。現場で行われている業務は、基本的に意味があって実施しているからです。
業務をやめることは実現が難しいことではありますが、業務の中でムダな行為を無くしたり、無理のある状況を改善したりすることは可能です。
また、リスクがともなう業務を可能な限り減らすというのも大切になります。
【エラーを誘発する業務をやめる例】
①与薬をやめる
本当に必要な与薬なのかを検討する
②転記をやめる
記載ミス、伝達ミスを防止するため不必要な転記をやめる
③危険な薬品を置かない
取り違えたら事故につながる薬品をそもそも置かない
④工程を省略する
リスクのある業務であれば、可能な限り工程を減らす
②エラーをできなくする
逆説的ではありますがエラーを防止するためにエラーをできなくするという考え方です。「①業務をやめる」と違うのは、業務そのものを無くすのではなく、エラーを起こすことができないようにすることです。これをフールプルーフといいます。
フールプルーフとは「期待されない行動を阻止するために物理的な制約を与える」ことをいいます。
この物理的な制約を与えるという対策は、「①業務をなくす」ということよりも実行可能性は高いです。医療の場合でも、間違いやすい複数の薬剤を近くに保管しないなどの工夫がしやすいからです。
例えば自動車はブレーキを踏んでいなければエンジンを始動できません。また、洗濯機は蓋をしっかり閉じていないとドラムが回転をしません。
設計や計画の段階でエラーがおきないように工夫することが大切です。
③業務をわかりやすくする
エラーは複雑な状況や人間の認知能力を超えるような場面で誘発しやすくなってきます。そのため、可能な限り業務をわかりやすくすることが重要です。
エラーを誘発する可能性がある状況を、わかりやすく簡単にすることによって簡単なミスやエラーを回避できます。逆にわかりにくい状況は認識や判断を誤らせ、エラーを起こしやすくなります。
業務をわかりやすくするために有効な手段は整理整頓です。5S活動などによって、業務環境を整備することが大切です。
④業務をやりやすくする
業務をやりやすくするのは「③わかりやすくする」と連動性があります。つまり、わかりやすい状況がやりやすい環境になるということです。
また、無理のある状況を改善することも大切です。例えば物を運ぶときにワゴンや台車を使用したり、いつも使用する物を使いやすくするなどの工夫です。
やりにくい状況を放置するのではなく、創意工夫によって可能な限りやりやすい環境づくりをしましょう。
⑤知覚させる
例えば公道を自動車で走行していると、急カーブで危険を知らせる標識を見かけたりしますよね?あるいは、危険な薬品には容器に注意を促すラベルが貼り付けてあったりもします。
人間はときどき危険な状況を見落とすことがあります。そのため、危険をできる限り早い段階で知覚し、注意を促すことが重要です。
⑥予測させる
KYT(危険予知トレーニング)を行って、リスクに対するリテラシーを高めることも重要な対策です。
リスクは想定していないと回避することができません。そのため、日頃からリスクを予測する習慣を身につけることが大切です。日常の中にある些細な危険にも目を光らせ、気づいたらすぐに改善するという癖をつけましょう。
⑦安全を優先させる
安全か危険かという判断は、判断基準や能力があってはじめてできるものです。そのため、経験の浅い新人の場合には、その判断ができなかったり間違ったりすることもあるでしょう。今さら先輩に確認するのも「気がひける」という場面もあるかもしれません。
危険に対して臆することは、時と場合によっては必要なことです。しかし、「安全ために臆する」のはやめましょう。判断が難しい状況において臆病になり、確認すべきことを怠ることはリスクを増大させます。
安全を優先するか否かの判断は、組織の安全文化が大きく影響してきます。確認すべきことをしやすくしたり、安全を優先しやすくできるように、普段から風通しのよいコミュニケーションを大切にしましょう。
⑧能力をもたせる
「能力をもたせる」とは、技術的なスキルアップだけでなく、リスクに対するリテラシーを向上させることをいいます。
組織において教育体制を整備したり、定期的に研修などを行うことが有効です。また、基準を設けて、能力があると判断できる者にのみ業務を行わせるという対策も必要な場合もあります。
能力をもたせるには、組織的な教育体制の確立と学習する文化の醸成が必要になります。
⑨気づかせる
代表的なものに指差呼称(指差し確認)があります。指差呼称は間違いがないか確認する上で、とても有効で重要な作業です。指差呼称は間違いがないかを確認する役割と同時に、安全を確認するという意味もあります。間違いがない=安全とは限らないからです。
万が一「間違い」の認識そのものを誤認していたら、安全は保たれる保証などないからです。つまり、エラーをみつける能力をつけるということは、安全をみつける能力でもあるのです。
また、看護師はよくダブルチェックを行います。そのダブルチェックについて注意したいのは、ただ単純に複数回の確認を行うことだけがダブルチェックではないということです。
「間違いないか?」そして「安全か?」この2つのことをチェックすることもダブルチェックなのです。
⑩エラーを検出する
この段階ではすでにインシデントが発生している可能性があります。そのため、できる限り早期にエラーを検出することが重要になるのです。
エラーを検出することが遅れてしまえば、アクシデントにつながる可能性は増大します。そのため、エラーが発生したら早期に検出できるシステムの構築が大切です。
「⑨気づかせる」と同様に、チェック体制の整備、個々人の検知能力の向上がカギです。
⑪危険に備える
危険に備える段階では、すでにエラーが発生している状況となります。
エラーが発生したことを検出したら、迅速に被害を最小化する行動を起こす必要があります。しかし、平時から備えがなければ、突発的に発生したエラーに対応することは難しくなります。
そのためエラーが発生した場合、個人としても組織としても、どのような対応をするのかを事前に話し合い取り決めておくことも重要です。
まとめ
以下に各段階での対策のポイントをまとめてみましょう。
- エラーを誘発する業務をやめる (機会最小)
- リスクのある業務を無くすか、減少させることが最も効果的。
- ムダな行為や無理のある状況を改善する。
- エラーをできなくする (フールプルーフ)
- 技術的・物理的な手段でエラーを発生させないようにする。
- デザインや計画段階での工夫が重要。
- 業務をわかりやすくする
- 業務状況を整理整頓し、わかりやすくする。
- 5S活動や整理整頓により業務環境を整備。
- 業務をやりやすくする
- やりにくい状況を改善し、作業環境を改善。
- 物を運ぶときの便利なツールの使用など。
- 知覚させる
- 危険やリスクを知覚しやすいように標識や注意喚起を行う。
- 早い段階で情報を提供して注意を喚起。
- 予測させる
- 危険やリスクを予測するトレーニングを行う。
- 日常的にリスクを予測する習慣を養う。
- 安全を優先させる
- 安全を優先する組織文化を醸成。
- 普段から風通しの良いコミュニケーションを促進。
- 能力をもたせる
- 技術的なスキルだけでなく、リスクへの理解を向上。
- 教育体制を整備し、能力を向上させる。
- 気づかせる
- 指差呼称やダブルチェックを通じてエラーを確認。
- チェック体制や検知能力を向上。
- エラーを検出する
- 早期にエラーを検出できるシステムの構築。
- チェック体制の整備と個々の検知能力の向上。
- 危険に備える
- エラー発生時の被害を最小限に抑える行動計画を事前に決定。
- 組織としての備えと個人の対応策を定めておく。
これらの段階的なアプローチを組み合わせることで、ヒューマンエラーの防止や対処に効果的に取り組むことができます。また、組織全体で安全文化を築くことが重要であり、コミュニケーションと教育がその基盤となります。