
医療の高度化・複雑化に伴い、医療機関における「安全管理」の重要性はかつてないほど高まっています。その中心的な役割を担うのが「医療安全管理者(GRM: General Risk Manager)」です。
本記事では、医療安全管理者の定義から、最新の診療報酬制度に基づく配置要件、そして組織を変革するための具体的な役割について解説します。
目次
1. 医療安全管理者とは? 定義と位置づけ
医療安全管理者とは、「組織横断的に医療安全対策を推進するための権限と責任を持つ実務者」のことです。 厚生労働省の指針では、以下のように位置づけられています。
医療安全管理者の定義 医療安全管理者とは、各医療機関の管理者(院長等)から安全管理のために必要な権限の委譲を受け、必要な資源(人材・予算・インフラなど)を付与されて、管理者の指示に基づいて業務を行う者。 出典:厚生労働省「医療安全管理者の業務指針および養成のための研修プログラム作成指針」
院長直轄の「扇の要」

医療安全管理者は、単なる係や担当者ではありません。施設管理者(院長)に直結するポジションであり、看護部、薬剤部、事務部などの枠組みを超えて、組織全体に横串を通して安全対策を指揮する権限を持っています。
2. 医療安全管理者の「配置要件」と資格
診療報酬(医療安全対策加算1・2)において、医療安全管理者の配置は必須要件となっています。近年の改定により、その要件はより明確化されています。
必須となる資格と経験

一般的に、医療安全管理者として配置されるためには、以下の要件を満たす必要があります。
国家資格: 医師、歯科医師、薬剤師、または看護師の免許を有していること。
実務経験: 概ね5年以上の医療実務経験を有していること。
研修修了: 医療安全対策加算に係る**厚生労働大臣が定める研修(計40時間以上)**を修了していること。
「専従」と「専任」の違い

病院の規模や取得する加算(医療安全対策加算1または2)によって、働き方が異なります。
専従(加算1など): 医療安全管理業務のみに従事する。他の業務(病棟業務や外来など)との兼務は原則認められません。
専任(加算2など): 他の業務と兼務しながら、医療安全管理業務に責任を持つ状態。
※最新の診療報酬改定では、チーム医療の推進や特定機能病院等の要件厳格化など、配置基準が細分化されています。自施設の基準を必ず確認しましょう。
3. 医療安全管理者の5つの主要な役割
医療安全管理者の仕事は「マニュアル作り」だけではありません。現場と経営をつなぎ、組織文化を変えることが最大のミッションです。

① 医療安全管理体制の構築(システム作り)
組織的に安全を守るための「仕組み」を作ります。
医療安全管理指針(マニュアル)の策定と定期的な改訂。
医療安全管理委員会(月1回程度)の運営・開催。
医療安全管理部門(医療安全推進室など)の統括。
② 情報の収集・分析・対策立案(再発防止)
院内で発生したインシデント(ヒヤリ・ハット)やアクシデントの報告を収集し、分析します。
分析: RCA(根本原因分析)などの手法を用い、「人が悪い」ではなく「システムや環境のどこに問題があったか」を究明します。
対策: 精神論ではなく、物理的にエラーを防ぐ対策(フールプルーフなど)を立案し、現場に導入します。
③ 職員への教育・研修(人材育成)
「年2回程度の医療安全研修」は義務化されていますが、形式的な開催にとどまらず、実効性のある教育が求められます。
全職員対象の研修企画・運営。
eラーニングの導入や、シミュレーション研修の実施。
研修後の理解度テストやアンケートによる効果測定。
④ 現場へのフィードバックと評価
対策を決めて終わりではありません。現場に足を運び(ラウンド)、対策が定着しているか、新たなリスクが生まれていないかを確認します。
安全パトロール(ラウンド): 現場の整理整頓状況や、マニュアル遵守状況を確認。
改善: 現場スタッフの意見を聞き、対策が形骸化している場合は速やかに修正案を出します。
⑤ 安全文化の醸成と「職員支援」
近年、特に重要視されている役割です。
心理的安全性の確保: 「報告しても怒られない」「改善につながる」と思える、風通しの良い職場づくり。
セカンドビクティム支援: エラー当事者となった医療従事者もまた、傷ついています。彼らを孤立させず、ケアする体制を整えることも管理者の重要な役割です。
4. 医療事故発生時の対応
万が一、医療事故が発生した際、医療安全管理者は「司令塔」の一部として動きます。

初期対応の指示: 患者さんの救命・治療を最優先するための体制確保。
事実確認と記録: 証拠保全や事実経過の正確な記録。
窓口対応: 患者・家族への誠実な説明(ディスクロージャー)の支援や、事故調査委員会の立ち上げ支援。
まとめ
医療安全管理者は、病院内で唯一「全部署の安全」に責任と権限を持つプロフェッショナルです。 その業務は多岐にわたり、時に重圧も大きいですが、「患者さんの命」と「働く仲間の安心」の両方を守る、極めてやりがいのある仕事と言えます。
単にルールを守らせる監視役ではなく、現場の声を聞き、組織全体をより良い方向へ導く「ファシリテーター」としての手腕が、今まさに求められています。












