医療安全文化の醸成~コンプライアンスからコミットメントへ

海の上に浮かぶ気球
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組織文化とは組織の成員による行動様式の体系である

ジェームズ・リーズン

安全文化とは何か~医療安全文化の4要素

医療安全文化とは何かを解説した図

報告する文化

安全文化を構築する上で基本となるのは「情報に立脚した文化」です。

この場合の「情報」とは、安全あるいはリスクに関係する情報の全てです。つまり、組織において利益となりうる情報は、可能な限り報告すべきなのです。

まず最初に「報告する文化」をあげたのは、それが安全文化を築く上での土台となるからです。

逆に言えば、報告する文化の無い組織は、安全文化を構築するための土台がありません。そのため、その他の文化を構築しようとしても、土台の無い建築をしようとしているのと同じです。

機能した報告システムの無い組織には、現場からのフィードバックが存在しません。そのため、現場の実態を正確に把握することができないのです。

報告する文化は「報告制度」という形になって組織に組み込まれていきます。しかし、報告する文化と報告制度は同義ではありません。以下の章で詳述しますが、制度と文化は似て非なるものです。どれほど制度を作り上げてみても、報告する文化が土台になければ機能しません。

報告する文化を構築するためには、報告することの重要性を理解してもらい、報告することの敷居を可能な限り低くすることが大切です。

ピンクの聴診器とインシデントレポート

インシデントレポートの目的は再発防止のため

2017-05-26

正義の文化

正義の文化は別の言い方をすると「公正な文化」とも言えます。

正義の文化は「報告する文化」と密接な関係にある文化でもあります。というのも、報告する文化には「罰しないこと」が前提あります。

その反面、正義の文化は事象そのものではなく、それがどのように発生したかを問うものです。つまり、著しい不安全行動があった場合には、それをしっかりと見定めた上で是正するという文化です。

この2つの文化は舵取りを誤ると、組織的なコンフリクト(葛藤)を生み出します。

インシデントやアクシデントの背景には、不安全行動が存在する場合があります。それによって報告を躊躇したり、最悪の場合には隠蔽することもあるかもしれません。

正義の文化で重要なのはコンプライアンス(法令順守)に加えて、コミットメント(関わり合うこと)を促進することです。「罰せられる」「非難される」という葛藤を超えて、正義に立脚した組織風土を創っていくこと。起きた事実を報告して、それを組織で共有するという文化を育むことが大切になります。

カメラ目線の青い目の猫

看護師がインシデントを隠すとき~それはアクシデントに変わる

2017-09-24

柔軟な文化

柔軟な文化とは、変化する状況に適時適切に対応する文化です。

この「柔軟さ」はレジリエンスの概念に近いものです。レジリエンスとは「弾力性」「回復力」あるいは「しなやかな強さ」という意味です。

レジリエンスの高い組織には、総じて柔軟な文化があるものです。

そして柔軟な文化を構築する上で、もう一つ大切なのは「多様性」です。年齢や経験、職種の違う様々な人間で構成された組織は、画一的な組織よりも「しなやか」です。

対比として、ルールに縛られた画一的で軍隊的な組織があるとします。そのような組織は確かに頑強なものかもしれません。しかし、ひとたび頑強さが崩れると、いっきに瓦解します。

それに対して柔軟でレジリエンスの高い組織は、ルールを遵守しつつも多様性があり、しなやかで「折れにくい」組織です。

そしてそのような組織には「風通しの良い」組織風土があります。

疑問に感じたことは躊躇なく確認できる。あるいは他職種や先輩後輩などの権威勾配を超えることができる懐の深さがあるのです。

トンネル内で走り回る男女のシルエット

レジリエンスを高めることで安全な組織をつくる

2017-09-11

学習する文化

学習する文化とは、文字どおり「学ぶ組織」です。

学ぶことにゴールはありません。現在は最善だと思われている技術や方法も「暫定的な最善」に過ぎません。

また、個人で「知っている」「理解している」「行動している」というだけでも不十分です。組織やチームで業務を行っている以上は、「共有する」という概念が必要になってきます。

医療者間で「教育する側」「教育を受ける側」になるのも、共有するという一つの形です。いずれにしても組織文化を育むには、共に学び教え合う文化を創っていくことが大切です。

この学習する文化が無ければ、前述した全ての文化を組織の安全に活かすことができません。

 

次にここまで解説した安全文化の4要素を実際の現場で、どのように活用していくかを解説していきます。

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医療安全文化の4階層~相互啓発できる組織へ

安全文化の階層

反応型の安全文化

反応型の安全文化は文字どおり、何か「事」が起きてから動き出す組織文化です。つまり、いつも対応が事後的であるということです。

この組織文化において、頻繁に使われる言葉は「再発防止」です。

再発防止が悪いわけではありません。ただ、「いつも」再発防止なのです。

これは「明日から本気だす」と言ってるのと同じです。「今日がんばりましょう」ということを忘れがちな組織です。

依存型の安全文化

この型式の最大の特徴は「ルール遵守がゴール」になっている部分です。

つまりコンプライアンスです。

この場合の組織は「ルールを遵守しましょう!以上!」となっています。

そしてもう一点の特徴は、

上から与えられた「安全への手段が現場レベルで目的化している」ことです。

もう少し掘り下げていうと、管理者側は現場を静的に捉えやすく、現場の人は動的に状況を捉えやすいということです。

つまり、現場の人間からすると、管理者側から指示される「使えない手段」は使わないということです。現場の人間は常に動いています。気にかけるべきことは何も安全だけではありません。

仕事をしっかりとこなしていく生産性を求められながら、安全への配慮をしていかなければなりません。しかし、管理者側が会議室で取り決めたルールが現場の動的な状況を反映しているとは限りません。

学習する文化=「現場に埋め込まれた学習」であり、一般の業務の手を止め、研修や勉強会を行うこと=学習する文化ではないのです。

独立型の安全文化

独立型の特徴は個々人の自助努力によって安全は実現されると考える文化です。こういった組織は、いざ望ましくない事象が発生すると、個人に責任を帰す傾向が強いです。

また、安全活動が部分的なものになりやすく、全体的な安全を構築することに対する意識が希薄になります。

いずれにせよ、全体をシステムと捉える思考が足りないといえるでしょう。

相互啓発型の安全文化

目指すべき安全文化は相互に啓発し合う文化です。教授し合う文化ともいえるでしょう。

経営学者ピーター・ドラッカーは組織のあり方を次のように示しています。

組織は学ぶ組織としてだけでなく、教える組織でなければならない

ピーター・ドラッカー

人は自ら学ばない人から学ぶことはできません。「学ぶ」と一言でいっても様々な形があります。

例えば研修や勉強会のように、あらかじめ準備された場を設けて学ぶのも一つの形です。また、プリセプターシップやメンターシップのように、マンツーマンでの教育も有効な学習の場となるでしょう。

しかし学ぶということは、何も改まった制度上の学習機会だけでなく、日々現場で経験を積んでいくことも学習の場となります。

いずれにしても学習する組織には、日々成長できる組織文化があるのです。

状況が刻々と変化する医療現場においては、医療の質向上や医療安全のために学び続ける文化を構築していくことが重要です。

 

それでは次に医療安全の文化をどのように組織に浸透させていくかを解説します。

医療安全文化の醸成

厚生労働省は医療安全の目指すべき方向性を以下のように示しています。

医療安全文化の醸成

医療安全文化の醸成の「醸成」とは、次のような意味になります。

ある気運・情勢などを次第に作り上げてゆくこと

つまり医療安全文化の醸成とは、組織において安全文化を構築していくと同時に、その気運や情勢を作り上げていくことなのです。

それでは次に、その醸成というものを一体どのように進めていくかをみていきましょう。

制度と文化~コンプライアンスからコミットメントへ

安全文化とは、様々な制度を導入するだけでは育むことができません。

文化とは制度をベースにするものではなく、「人」を根本にすることでしか育めないのです。

組織には多数の決まり事がありますが、その決まり事を守るだけでは不十分です。組織の人間一人一人が、安全に積極的に関与していくことが必要なのです。

以下の図は、組織の人間一人一人が向かうべき方向性を示しています。

安全文化を醸成させる概念図

図にある「外発的動機」と「内発的動機」とは、コンプライアンスとコミットメントと言い換えることもできます。つまり、決まり事や制度として組織の成員に安全を求めるのか、自発的に積極的な関わりを求めるかの違いともいえます。

コンプライアンスもコミットメントも双方とも重要なことです。しかし、安全文化の醸成には、やはり自発的で積極的な安全への関与を必要とするのです。

個人からチームへ~「わたし」と「わたしたち」

医療安全文化の醸成を説明する図

医療は複雑性が高く状況が変動しやすい業務です。それだけに、個々人の努力だけでは容易に安全を実現することができません。そもそも業務を複数のチームで行っている状況において、安全に関する部分だけを個々人に求めるのは不自然といわざるをえません。

個々人の努力は当然必要なことである上で、組織あるいはチームでの安全活動が必要になるのです。

そしてそれによって、一つ一つ安全に関する課題を乗り越えていけます。

そのためには、「わたし」という一人称の考えではなく、「わたしたち」というチーム意識が重要になってくるのです。

ブライトスポット~安全文化の光と影

スタンフォード大学教授で組織行動学の研究者チップ・ハース氏は「ブライトスポット」という概念を提唱しています。

ブライトとは「輝かしい」「明るい」などの意味、スポットは「焦点を当てる」という意味になります。

つまり、「輝かしい部分にも焦点を当てよう」ということです。

日本の医療安全管理は、主に有害事象を始点にして対策を実施するのが基本です。もちろんこの考え方は理にかなっています。人も組織も「失敗」から多くのことを学ぶことができます。

しかし一方で、望ましい行動や素晴らしい行動には、あまり目を向けることがありません。これはとても勿体無いことではないでしょうか。

人も組織も「失敗」から多くを学ぶことができますが、と同時に「成功体験」から多くを学ぶこともあるのです。

医療は事故ばかり発生しているわけではありません。通常はインシデントやアクシデントにはならないように業務を行っているはずです。

もし仮にそうでなければ、組織としてかなり危機的な状況でしょう。

しかし、ほとんどの場合には、通常に業務は進行しているのです。それにもかかわらず、収集するのは有害事象ばかりであり、「なぜ失敗したのか?」という分析しかほとんど行われていません。

どのような分析をするにせよ、なぜ通常は問題なく業務が行われているのかを知ることなく、有害事象を真の意味で原因分析することは難しいことです。

看護職における評価に「コンピテンシー」という概念があります。

コンピテンシーとは「成果につながる行動特性」のことです。

高いパフォーマンスをあげている人の行動特性を分析し、それを人材育成や人事評価に活かせる手段として多くの病院に浸透しています。

前述したブライトスポットの考え方も、このコンピテンシーの概念に類似しています。

つまり、望ましくない事象や行動だけでなく、望ましい行動特性を学習機会としていこうという考え方です。

医療安全文化の醸成は、つまりは組織による創意工夫によって、いかに学びその文化を共創していくのかが大切なのではないでしょうか。

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まとめ

医療安全文化の醸成といっても、短期的に構築できるものではありません。むしろ、長い時間をかけて、少しづつ組織に浸透していくものです。

安全文化を構築していくためには、制度やコンプライアンスに頼った取り組みだけでは不十分です。組織の一人一人が、積極的に安全活動に関与していくことが必要です。

そのためにも管理者側も様々な創意工夫を求められますし、現場で働く個々人も創意工夫が求められます。

医療安全文化を醸成するとは、その創意工夫を「共創」することによって、実現していけるのではないでしょうか。

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