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ノンテクニカルスキルとは何か?その意味と概要
ノンテクニカルスキルとは、人間と人間の関係性を重視した認知的、社会的なスキルのことです。その内容からヒューマンスキルとも呼ばれています。
また、ノンテクニカルスキルの対比的な言葉としてテクニカルスキルがあります。テクニカルスキルとは、専門的な知識や技術、技能などをさす言葉で、医療の場合には専門的な医療知識や医療技術などをさします。
ノンテクニカルスキルは、臨床での実践に必要なテクニカルスキルを補完する役割を担っています。したがってテクニカルスキルとノンテクニカルスキルは、決して対比的な概念ではなく、むしろ2つのスキルが相互に調和したとき、そのどちらのスキルもパフォーマンスが向上するという関係にあります。
そのため、どちらか一方のスキルだけを向上させるというのではなく、これらのスキルを相互にバランスよく向上させていくことが望ましいといえます。いわば2つのスキルは車の両輪のような関係にあるということです。
ノンテクニカルスキルが注目を集める理由は、医療安全の向上と医療事故防止の観点からも非常に重要なものであるからです。その理由を以下で解説していきます。
医療事故の半数以上がノンテクニカルな要因で発生している
以下の図は財団法人日本医療機能等評価機構が平成28年の年報において発表した統計に基づき作成した図になります。
この図が示すとおり、医療事故の要因におけるノンテクニカルスキル要因の割合は全体の半数以上を占めています。一方で専門的な知識や技術等を要するテクニカルスキル要因は全体の1割強となっています。この統計からみえてくるのは、医療事故の要因は「確認を怠った」「観察を怠った」「判断を誤った」などの非専門的な要因が多くなっていることです。
ただ、ここで注意が必要なのは、この統計における要因とは必ずしも直接原因をさしているわけではない点です。要因と原因の違いは、要因とは結果に間接的に影響を与えたものであり、原因とは結果に直接的な影響を与えたものです。
つまりこの統計の場合には、医療事故が発生した要因の中に、ノンテクニカルスキル要因の関与が認められたということです。これは医療事故の要因とは複数の事象が連鎖したり、複雑に絡み合って起きている可能性もあることを示唆しており、一概に医療事故の半数以上がノンテクニカルスキルが原因だと言い切れないので注意しましょう。
それでは次にノンテクニカルスキルとテクニカルスキルの能力的な位置づけと範囲を解説します。
ノンテクニカルスキルのマトリクス~能力範囲の位置づけ
以下の図はノンテクニカルスキルとその他のスキルの位置づけと範囲を示したマトリクスです。
右上にいくほどスキルは高度化していき、なおかつ難易度も高いものとなっていきます。また左下の日常適応力とは、ごく基本的なコミュニケーションや時間の遵守等、社会人として極めて基本的な能力となります。
これらのスキルは境界が必ずしもハッキリしているわけではなく、日常適応力をノンテクニカルスキルに含める場合もありますし、それぞれの境界は少しずつ重なり合っています。そのため、ノンテクニカルであるか否かについて、個々人あるいは組織的な共通認識と合意形成が必要となります。
次の項ではハーバード大学教授で経営学者でもあるロバート・カッツ教授が提唱したモデルを基に、職位と能力の関係性を解説します。
ノンテクニカルスキルの階層性~職位と能力の関係性
以下の図がロバート・カッツが提唱した職位と能力の関係性モデルとなります。
このモデルは組織における職位によって、どのような能力が主に必要とされるかを表現したモデルで、「カッツ・モデル(カッツ理論)」と呼ばれるものです。
20世紀中期に活動したアメリカの経営学者。元ハーバード大学教授
カッツ・モデル(カッツ理論)の提唱者
一般に、現場での仕事を担う一般職は、その業務に精通した知識と、その専門性に必要とされる技術・技能を求められます。医療においては、これらのスキルすべて原則的に医療技術と呼ばれます。
一方で、各セクションにおける管理者の立場では、求められる能力はより広範にわたり、専門的な知識と技能だけでなく、ヒューマンスキルとコンセプチュアルスキルが必要とされてきます。この中のヒューマンスキルこそが、まさにノンテクニカルスキルです。
ヒューマンスキルは組織のどの階層、職位にも求められるスキルであり、いわば全職員共通のスキルということもできます。つまりノンテクニカルスキルは、組織を構成する人間すべてに求められるスキルであり、全職員共通のスキルということになります。
それではノンテクニカルスキルとは、一体どのようなスキルなのかを次に解説していきます。
ノンテクニカルスキルを向上させる4つのコア能力
考える、伝える、決める、動かす
以下の図がノンテクニカルスキルの4つのコアな能力になります。
①考えるチカラ
考えるチカラとは、まさに思考力です。これには認識力や判断力、あるいは論理的に物事を考えるロジカルシンキングも含まれます。状況を正しく認識することは安全な医療を遂行するために極めて大切な能力です。
過去の医療事故事例をみても、状況認識の誤りによって発生している事故は非常に多くあります。また、認識した状況に対してどのような対応をするかという判断力も大切であり、これらの能力は論理的な思考によって実現することが可能となります。
そのため、「考えるチカラ」とは論理的思考力のことであり、独善的な考え方や偏向した考え方をさすものではないので注意が必要です。
②伝えるチカラ
伝えるチカラとは、つまりコミュニケーション能力です。これは前述した「考えるチカラ」からさらに他者との連携力が問われてきます。これには単純な伝達力だけでなく、情報の受け手への配慮、気遣い、なども含まれます。
また、「今」必要とされるコミュニケーションは何であるか?それをどのように伝え、共有するのかという判断も求められます。そのためにはやはり「①考えるチカラ」が必要であり、その能力に連鎖して求められる能力ということもできます。
この伝えるチカラも、過去の医療事故事例では要因となっていることが多く、伝達ミス、あるいは伝達し忘れなどによる事故は非常に多くみられます。
③決めるチカラ
決めるチカラとはまさに意思決定力です。
どのような認識や判断をしても、結果的に決定をしなければ具体的な行動を実践することはできません。ここでいう「決めるチカラ」とは、まさに行動に直結する意思決定力であり、安全な医療を行うためにも非常に重要な要素の1つとなります。
医療事故において、インシデントの段階でアクシデントに発展するのを防ぐことができるのも、この決めるチカラが重要な役割を担っています。間違えに気がつき迅速な対応をとれるか否かは、この決めるチカラにかかっていると言っても過言ではありません。
決めるチカラとは、次の「動かす力」と同様にリーダーシップが大切であり、個人だけでなくチームとしての行動を左右する重要な能力です。
④動かすチカラ
ノンテクニカルスキルの4つのコア能力において、とりわけ重要な能力が「動かすチカラ」です。
どのような認識や判断、コミュニケーションや意思決定も、すべては具体的な行動につながって結実します。そのため、動かすチカラは、他のコア能力すべてを包含しており、重要なマネジメントの役割を担っています。
ここでいう「動かす」とは、自分自身の行動はもちろん、他者の行動をも促すものであり、いわばチームの中で活かされる能力のことです。動かすチカラは、判断力や意思決定力、そしてコミュニケション能力など全ての要素が必要になります。
これら4つのコア能力をどのように向上させるのかを次に解説していきます。
ノンテクニカルスキルの教育~クリニカルラダーとの連携
ノンテクニカルスキルを向上させるのは実践と教育です。以下の図は4つのコア能力を向上させるためにどのような内容の教育を行っていくかを示したものです。
ノンテクニカルスキルの教育は4つのコア能力の向上を目指すものとなります。
- 「考えるチカラ」→ ロジカルシンキング
- 「伝えるチカラ」→ プレゼンテーション
- 「決めるチカラ」→ ファシリテーション
- 「動かすチカラ」→ マネジメント
ロジカルシンキング
論理的に考える、合理的な判断をする、筋道を立て考える、安全のために状況を正しく認識する
プレゼンテーション
他者にわかりやすく伝える、受け手へ配慮する、適切なコミュニーションをとる
ファシリテーション
物事を決定に導く、円滑な場をつくる、合意形成するための進行をする、安全を促進する
マネジメント
他者を方向づける、計画を立て実践する、部分だけでなく全体をみる、安全を管理する
医療安全と人材評価を切り離すべきという考え方もあります。その理由の一因として、業務中のミスなどの評価を人材評価と結びつけた場合、インシデントやアクシデントの報告が減り、全体として医療の安全向上につながらないとする考え方があるからです。
この考え方はたしかに理に適っています。
しかし一方で、ノンテクニカルスキルの教育をベースにして、安全への取り組みとして評価項目を作成し、ラダー評価やその他コンピテンシー評価などに取り入れ、組み込んでいくことは大いに推進すべきでしょう。
例えば看護職の場合、ラダー教育の項目に組み込んでいき、日々の教育と実践がノンテクニカルスキルの向上と合致させ、医療安全や医療の質向上に役立てると効果的です。これらの要素を踏まえながら、それぞれの項目を日常に現場教育や研修などで学習していきます。
またその際には、OJT(現場教育)とOFF-JT(現場外教育)を活用しながら進めましょう。
それでは次に、チームとしてノンテクニカルスキルを向上させるためのポイントを解説します。
ノンテクニカルスキルとチーム医療~わたしとわたし達の取り組み
ノンテクニカルスキルは個人としてのスキルであると同時にチームとしてのスキルでもあります。
個と組織は決して切り離せない関係にあります。チーム医療のためにノンテクニカルスキルの向上を目指す際のポイントは、「個と組織」という部分を3つの視点から捉えることです。
その3つの視点とは、「個と組織」の「個」「と」「組織」の3つです。とりわけ重要なのは「と」の部分になります。
そもそもノンテクニカルスキルとは、人と人の関係性に主軸をおいた認知的で社会的なスキルです。そしてこれらの要素は、人と人との関係性の中で活かされ発揮されるべきスキルです。
そのため、個と組織の「と」の部分を重視して、チーム医療の質向上と安全性向上のために活用すべきなのです。以下の図はその概念を可視化したものになります。
中心に患者の存在があり、個人とチームはそのために医療を安全に提供することが求められます。また、他職種とのつながり、あるいは他部署とのつながりも重要です。
これらの関係性は、ノンテクニカルスキルにおける4つのコア能力が主軸にあり、その要素は個人もチームも保有すべきスキルでもあります。そして各々のスキルをマネジメントの力で管理し適切に動かしていくことが大切です。
ノンテクニカルスキルを個人としてもチームとしても向上させる最も重要な問いは、
それを「何のために行うのか」です。
この問いがチームとしての共通認識や価値観の共有ができていなければ、個人のスキルを向上させることができてもチームとしての向上は望めません。チームとしてのノンテクニカルスキルを向上させるには、ただ向き合うだけでなく、同じ目的を持って同じ方向を見ることが大切なのです。