ノンテクニカルスキル~コミュニケーションの質を向上させる

コミュニケーションをとる4羽のスズメ

この記事ではノンテクニカルスキルの「コミュニケーション」について解説します。

ノンテクニカルスキルの各スキルの一覧

はじめに

現代の組織運営において、コミュニケーションは単なる業務の補助的要素ではなく、組織の安全性・効率性・生産性を左右する根幹的スキルとなっている。特に医療、航空、製造、建設といった高リスク領域では、わずかな伝達ミスが重大事故や品質不良につながる可能性があり、組織全体の信用や存続に関わる。

過去の研究報告でも、「重大インシデントや事故の多くは技術的エラーではなく、コミュニケーション不良に起因している」ことが繰り返し指摘されている(Leonard et al., 2004)。例えば、医療分野における手術時のインシデント、航空業界でのパイロット間の誤解、建設現場での安全確認不足など、その背景には共通して「情報の伝達が適切に行われなかった」という要因が存在する。

このように、コミュニケーションは単なる「情報のやり取り」ではなく、安全文化(Safety Culture)を支える基盤であり、組織のパフォーマンス全般に大きな影響を及ぼす。そのため、質の高いコミュニケーションをいかに確保するかは、現代の組織における最重要課題のひとつといえる。

さらに、近年注目される**ノンテクニカルスキル(Non-Technical Skills: NTS)**の中でも、コミュニケーションはリーダーシップ、チームワーク、状況認識、意思決定といった他の要素をつなぎ、全体を機能させる「ハブ的役割」を果たす。例えば、的確な意思決定には状況認識と情報共有が不可欠であり、その根底には質の高いコミュニケーションが存在する。

つまり、コミュニケーションを高めることは他のNTSの底上げにつながり、組織全体の安全性と競争力を強化する戦略的課題である。

本稿では、まずコミュニケーションの定義と種類を整理し、その特徴やリスクを検討する。続いて、手段や方法、質を高めるための要素を示し、産業分野の実践例や教育・評価の方法を解説する。最後に、今後の展望を考察することで、「組織におけるコミュニケーションの質向上戦略」を包括的に論じる。

コミュニケーションの定義と種類

コミュニケーションの定義

本稿では、コミュニケーションを以下のように定義する。

コミュニケーションとは、感情・意見・必要事項を言語・非言語を通じて他者に伝達し、相互理解を形成すること。

この定義に含まれる重要な要素は「伝える」と「通じ合う」である。
単に情報を発信するだけでは「伝達」に過ぎず、相手が理解し、適切な行動に移せて初めて「良質なコミュニケーション」といえる。

特に高リスク環境においては、伝えたつもりでも伝わっていない「認識のズレ」が事故につながるため、双方向的なやり取りと確認が不可欠である。

一方向のコミュニケーション

一方向のコミュニケーションとは、送信者から受信者へ一方的に情報が流れる形を指す

  • 特徴:フィードバックがなく、誤解や認識のズレが修正されにくい。

  • 例:上司から部下への命令、マスメディアの放送、社内一斉メール、緊急時の避難指示。

  • リスク:受け手が情報を誤解しても気づかれず、重大な判断ミスにつながる。

  • 有効な場面:時間的余裕がない緊急時、または多数の人に同一の情報を迅速に伝える必要がある場合。

特に権威勾配が強い職場や、風通しの悪い組織文化では、一方向コミュニケーションが常態化しやすい。これが「言えない風土」を生み、潜在的リスクが表面化しないまま重大事故につながるケースも多い。

ただし、一方向コミュニケーションが常に悪いわけではない。緊急事態で「迷いなく即時の指示が必要な場面」ではむしろ効果的であり、組織には状況に応じて柔軟に使い分ける力が求められる。

双方向のコミュニケーション

双方向のコミュニケーションとは、情報が相互に行き交い、フィードバックを通じて理解が確認される形態を指す。

  • 特徴:発信者と受信者が役割を交互に担い、相互理解が促進される。

  • 例:医療現場でのダブルチェック(医師と看護師が処方内容を確認)、航空機のクロスチェック、建設現場の作業前ミーティングでの意見交換。

  • 利点:誤解が修正されやすく、心理的安全性が高まることで「言える文化」が育ち、組織学習や改善が促進される。

代表的な実践例として、米国で開発された**TeamSTEPPS(Team Strategies and Tools to Enhance Performance and Patient Safety)は、多職種チーム医療における双方向コミュニケーションを基盤とした教育プログラムであり、日本でも導入が進んでいる。また、航空業界で世界的に普及しているCRM(Crew Resource Management)**も、相互確認とフィードバックを中核に据えており、事故防止に大きな効果を挙げている。

このように、双方向のコミュニケーションはNTSの中核であり、安全文化を醸成する根幹的仕組みといえる。

コミュニケーションの手段と方法

コミュニケーションには複数の形式があり、それぞれが持つ長所と短所を理解し、状況に応じて適切に選択・組み合わせることが重要である。特に安全が重視される現場では「どの手段を、どのタイミングで用いるか」が成果とリスクに直結する。

主要な手段と特徴

手段特徴利点留意点
会話対面での口頭伝達視覚・聴覚を同時に使い、多面的な情報をやり取りできるため誤解が少ない忙しい現場では十分な時間を確保できず、省略が生じやすい
非言語ジェスチャー、アイコンタクト、標識即時性・直感性が高く、緊急時や騒音下でも有効文脈や文化背景に依存するため、誤解の余地がある
文書書面・電子文書・掲示物記録として残り、再確認可能。法的証拠や業務引き継ぎに有効曖昧な表現や誤記によって重大な誤解を生む恐れがある
遠隔電話、メール、オンライン会議距離を超えて迅速に情報共有が可能。リモートワーク時代に不可欠非言語情報が欠落するため、ニュアンスが伝わりにくく誤解が生じやすい

実務における活用例

  • 医療現場のハンドオーバー:看護師間の交代時や医師から看護師への申し送りでは、口頭報告と電子カルテの併用が基本とされる。口頭でのニュアンスと文書での記録を補完し合うことで、情報の欠落や誤解を防ぐ。

  • 建設現場の作業指示:作業開始前のミーティングで口頭による説明を行い、同時に作業工程表を配布する。視覚的な資料があることで、聞き漏らしや誤解を防止できる。

  • 航空の運航管理:運航前のブリーフィングでは口頭説明と同時にフライトプランの文書確認を実施。これにより、気象情報や燃料計算の見落としを防ぐ。

このように、**会話と文書を併用する「マルチモーダル・コミュニケーション」**が、リスクの高い業務では特に効果的とされている。

コミュニケーションの質を向上させる4つの要素

単に「伝えた」だけでは安全は担保されない。質の高いコミュニケーションを実現するためには、明示・時機・主張・関与の4要素を意識することが不可欠である。

1. 明示(Clarity)

情報はできる限り具体的かつ明確に伝える必要がある。曖昧な言葉は誤解を生み、業務の混乱や事故につながる。

  • 良い例:「○○患者の生理食塩水500mlを15時までに準備してください」

  • 悪い例:「点滴準備お願いします」

曖昧表現を避け、「誰が・何を・いつまでに・どのように行うか」を明示することが重要である。特に医療や製造現場では、数値・固有名詞・時間指定を必ず含めることが推奨される。

2. 時機(Timing)

適切なタイミングで伝えることもコミュニケーションの質を左右する。

  • 建設現場では、作業開始前に危険箇所を伝えることが安全確保に直結する。終了後に伝えても意味はない。

  • 航空業界では、離陸直前のブリーフィングで重要な確認事項を行うが、これはタイミングを誤れば運航の安全に直結する。

つまり「伝えるべき内容を、伝えるべきタイミングで」発信することが、事故防止の観点からも不可欠である。

3. 主張(Assertion)

上下関係に左右されず、必要な情報は勇気を持って伝えることが求められる。これは特に権威勾配の強い組織文化において重要である。

  • 航空のアサーション・トレーニングでは、副操縦士が機長に対しても安全上の懸念を明確に伝えることが推奨される。

  • 医療現場でも、若手看護師が上級医に「患者の容態が悪化しています」と強く主張できる環境が、救命に直結する。

主張は単なる反論ではなく、安全や成果のために必要な情報を遠慮なく伝える行為である。

4. 関与(Engagement)

受け手の積極的な姿勢もコミュニケーションの質を決定する。

  • 傾聴(Active Listening):相手の話を遮らず、要点を確認しながら理解する。

  • 復唱(Closed-loop Communication):指示を受けた側が「了解しました。○○を15時までに準備します」と言い返し、理解が一致しているかを確認する。

  • 視線・うなずき:非言語的な関与も、相手に「伝わっている」という安心感を与える。

この「関与」が欠けると、情報は一方通行になり、誤解や見落としが生じやすい。

産業分野における実践事例

コミュニケーションの質向上は、理論的に重要とされるだけでなく、各産業で具体的な施策が実践され、その効果が明らかにされている。ここでは、医療・航空・建設・製造の4分野を中心に、代表的な事例を紹介する。

医療分野

医療は「人命を扱う」という点で、わずかな伝達ミスが致命的な結果を招く。過去の調査でも、医療事故の約7割がコミュニケーション不良に関連していると報告されている(厚生労働省, 2017)。

  • TeamSTEPPSの導入
    米国国防総省と医療研究品質局(AHRQ)が開発した「TeamSTEPPS」は、多職種チームが共通のフレームワークで情報共有するための教育プログラムである。

    • 看護師・医師・薬剤師・臨床工学技士など、異なる職種間で共通の言語と確認手順を持つことにより、情報の齟齬を防ぐ。

    • 研究によれば、TeamSTEPPS導入後にインシデント報告率が増加(隠れたリスクが顕在化)し、重大事故の件数は有意に減少したとされる(Clancy & Tornberg, 2007)。

  • シミュレーショントレーニング
    緊急外来や手術室を模した模擬訓練を行い、ストレス下での情報共有・声かけ・ダブルチェックを徹底する。特に「復唱」や「SBAR(Situation, Background, Assessment, Recommendation)」などのフレームワークを活用することで、伝達ミスを最小限に抑える。

航空分野

航空業界は、コミュニケーション教育の先駆者であり、世界中で標準化されたプログラムを持つ。

  • CRM(Crew Resource Management)
    1977年に発生した「テネリフェ空港ジャンボ機衝突事故」は、当時史上最悪の航空事故であり、原因の一つはコックピット内の上下関係によるコミュニケーション不足だった。この事故を契機に、権威勾配を超えて意見を伝える仕組みが求められ、CRMが制度化された。

    • CRMでは「確認」「復唱」「クロスチェック」が徹底され、双方向コミュニケーションが標準化された。

    • 現在では、パイロットだけでなく整備士、客室乗務員、航空管制官にもCRM教育が広がっている。

  • フライトシミュレーター
    実際の航空機と同等のシミュレーターを用い、緊急時の判断と乗員間のコミュニケーションを訓練する。ここでも「誰が発言し、誰が確認し、誰が最終判断を下すか」が明確にルール化されている。

建設・製造分野

建設や製造現場では、身体的リスクが常に存在するため、日常的なコミュニケーションが安全性を大きく左右する。

  • KY活動(危険予知活動)
    作業開始前にチーム全員でリスクを洗い出し、対策を共有する活動。ここでは「声に出して言う」「指差し呼称を行う」「復唱で確認する」など、非言語と口頭を組み合わせた多層的な確認が徹底されている。
    研究では、KY活動を習慣化した現場では労働災害の発生率が大幅に低下したことが報告されている。

  • 現場監督者のリーダーシップ
    現場の安全確認は、監督者の声かけと「場の雰囲気づくり」に大きく依存する。監督者が双方向のコミュニケーションを促し、作業員が気づいた点を自由に言える環境を整えることで、ヒューマンエラーを減らす効果がある。

コミュニケーション教育と評価方法

教育方法

  1. シミュレーショントレーニング

    • 医療:模擬患者や手術シナリオを用いた緊急対応訓練。

    • 航空:フライトシミュレーターを使用し、異常事態での声かけ・確認を訓練。

    • 建設:仮想現場を再現し、KY活動を実際に実施して危険を指摘し合う。

  2. ロールプレイ

    • 上司から部下へのフィードバック場面や、緊急時の報告を再現。

    • 「どのような言葉を選ぶか」「どのタイミングで主張するか」を体感的に学習できる。

  3. eラーニング+対面訓練

    • 基礎知識やフレームワークはオンラインで効率的に学習。

    • 実際のやり取りやフィードバックは対面で行い、双方向性を強化する。

評価方法

  • 行動観察
    実際の現場やシミュレーションで、言動や反応を直接観察し、具体的な行動特性を評価する。

  • 360度評価
    上司・同僚・部下からのフィードバックを組み合わせ、バイアスを減らし多面的に評価する。

  • AI解析
    会話データや録音を解析し、発話量・確認回数・割り込み率・沈黙時間などを定量化する。客観的指標として教育効果の測定に役立つ。

  • アセスメントセンター方式
    グループディスカッションやロールプレイを通じて、相互作用・主張の仕方・傾聴姿勢を多角的に評価する。

これらを組み合わせることで、主観に依存しない客観的かつ再現性のある評価が可能になる。特にAI解析は近年急速に発展しており、教育の効果測定と改善サイクルの加速に寄与している。

今後の展望

デジタル化とAIの活用

近年のデジタル技術の発展は、コミュニケーション教育のあり方を大きく変えている。特に VR(仮想現実)やAR(拡張現実) を用いた没入型トレーニングは、実際の現場に近い環境でコミュニケーションを学習できる方法として注目されている。

  • VR/ARシミュレーション
    医療では救急外来や手術室を再現した仮想空間で、チーム内の情報共有や声かけを訓練する試みが増えている。航空や建設分野でも、緊急時の意思決定や非言語的サイン(指差し確認など)を体験的に学べる。

  • AIによる会話解析
    会話データをAIがリアルタイムで解析し、発話量・確認回数・沈黙時間・割り込み率などを数値化できるようになってきた。これにより、従来は指導者の主観に頼っていた「コミュニケーションの質」を客観的に測定できる。
    例えば、医療現場でのハンドオーバー時にAIが「復唱の不足」や「重要情報の省略」を自動検出し、改善フィードバックを提供するシステムが試験導入されている。

このように、デジタル化は教育の効率化だけでなく、コミュニケーションの質を定量的に改善する可能性を持つ。

異業種連携による知見の応用

医療の TeamSTEPPS や航空の CRM(Crew Resource Management) は、すでに世界的に普及しつつあり、近年はその知見が他産業へ応用されている。

  • 建設分野では、KY活動(危険予知活動)と組み合わせ、双方向コミュニケーションの仕組みを導入することで事故率を低減。

  • 教育分野では、児童・生徒のグループワークに「発言の明示」「フィードバック」「傾聴」を組み込む取り組みが進んでおり、学習効果と協働性の向上につながっている。

  • IT業界や製造業でも、アジャイル開発やリーン生産方式において「朝会」や「振り返り」などの短時間コミュニケーションを重視する文化が広がっている。

このように、異業種の知見を相互に取り入れることで、より普遍的な「コミュニケーション標準」が形成されつつある。

安全文化との統合

今後の最大の課題は、コミュニケーションを単なる「技術」ではなく、組織文化の一部として根付かせることである。

  • 心理的安全性の確保
    ハーバード大学のAmy Edmondsonが提唱する心理的安全性の概念は、メンバーが安心して発言できる環境を意味する。コミュニケーションが円滑に行われるためには、上下関係や権威勾配を緩和し、誰もが主張できる風土をつくることが不可欠である。

  • 組織学習との連動
    コミュニケーションを通じて失敗事例を共有し、学びを次に活かす仕組みを構築することが「学習する組織」につながる。単に報告を集めるのではなく、双方向の対話を通じて改善策を共に考える文化を根付かせる必要がある。

  • 安全文化の醸成
    医療や航空では、報告・相談・確認を習慣化することが安全文化の核心にある。組織全体が「コミュニケーションを通じて安全を守る」という共通認識を持つことで、事故防止と信頼構築の両立が可能となる。

まとめ

ノンテクニカルスキルとしての コミュニケーション は、単なる会話の技術ではない。
それは 安全性・生産性・エンゲージメント・イノベーション を支える基盤であり、個人・組織の双方にとって不可欠な能力である。

  • 個人にとって
    傾聴・主張・明示の力を身につけることは、キャリア発展・人間関係の改善・自己成長の基盤となる。

  • 組織にとって
    事故防止・効率向上・従業員エンゲージメントの強化に直結し、持続可能な発展を支える。

技術が進化すればするほど、人間同士の協働を支える「コミュニケーションの質」が競争力の源泉となる。AIや自動化が広がる未来においても、人間らしい意思疎通をいかにデザインし、組織文化に組み込むかが最も重要な経営課題である。

参考文献

  1. Edmondson, A. (1999). Psychological Safety and Learning Behavior in Work Teams. Administrative Science Quarterly, 44(2), 350–383.

  2. Leonard, M., Graham, S., & Bonacum, D. (2004). The human factor: the critical importance of effective teamwork and communication in providing safe care. Quality and Safety in Health Care, 13(suppl 1), i85–i90.

  3. Salas, E., Sims, D. E., & Burke, C. S. (2005). Is there a “Big Five” in Teamwork?. Small Group Research, 36(5), 555–599.

  4. Helmreich, R. L. (1999). Building safety on the three cultures of aviation. Proceedings of the IATA Human Factors Seminar.

  5. 厚生労働省 (2015). 医療安全推進のためのチームステップス導入マニュアル.

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