問題が起こるのは、われわれが目前の状況に合わないモデルを適用しようとしたときである
ジェラルド・ワインバーグ
人間はさまざまな要因によって、行動に影響を受けています。
もしも人間が海に浮かぶ無人島に一人でいたとしても、周囲に広がる海の状況、空の天気や気温、そして地上に存在する様々な動植物に影響を受けるでしょう。
ましてや我々は、より複雑な社会の中で、有機的な活動を必要とされます。とりわけ医療などの安全要求が高い環境においては、関与する人間を取り巻く環境の複雑さは、全てを捉えきれないほどです。
そのような環境下にいる我々を、SHELL分析は可視化してくれます。
何か重大なインシデントやアクシデントが発生したとき、人は「人」に注目する傾向があります。なぜなら、それが最もわかりやすく、そしてヒューマンエラーが原因だと捉えるからです。
しかし、人は様々な環境に影響を受けており、環境もまた人に影響を受けています。そのため、問題が発生した場合には、その両面から分析をしなければなりません。
以下ではSELL分析とは何か?そしてどのように活用するのかを解説します。
目次
SHELL分析とはヒューマンファクター工学の分析方法
SHEL(シェル)分析はエドワーズが提唱しました。その原型となる最初のモデルは下図のようになります。
S | Software(ソフトウェア) | 手順書やマニュアル、規則など |
H | Hardware(ハードウェア) | 機器や機材、設備、施設の構造など |
E | Environment(環境) | 温度や湿度、照度など |
L | Liveware(関係者) | 関係した人 |
このモデルではEnvironment、つまり環境の中に他の要因が含まれていると考えます。環境の中に関係者をはじめ、手順やマニュアルなどのソフトウェア、あるいは施設の構造や機器などです。
ホーキンズのSHELL分析モデル
S | Software(ソフトウェア) | 手順書やマニュアル、規則など |
H | Hardware(ハードウェア) | 機器や機材、設備、施設の構造など |
E | Environment(環境) | 温度や湿度、照度など |
L | Liveware(当事者) | インシデントに関与した本人 |
L | Liveware(当事者以外) | 当事者以外のチーム、同僚など |
KLMオランダ航空フランク・H・ホーキンズ機長が提唱したSHELLモデルになります。
前述したエドワーズのSHELモデルとの違いは、もう1つの「L」が加わった点です。また、中心に当事者を置いています。
エドワーズのSHELモデルでは、関係者とハードウェア、ソフトウェアが互いに影響し合い、それを環境が覆っているというイメージでした。しかし、ホーキンズのSHELLモデルでは、当事者を中心として、その他の要素が関連していることを示しています。
また、当事者を取り巻く環境には、人工的なものだけではなく、「当事者以外の人」も関係していることがわかります。
つまり、関係者という曖昧な表現から、当事者と当事者以外の人が区別されています。この場合の当事者とは、当該インシデント等に直接関与した者のことです。
タイルの要素間にある接地点、つまりインターフェイスに凹凸があるのには理由があります。それは、個人のスキルや経験、あるいは環境条件など、さまざまな差異や不安定さを表しているのです。
人間と環境、あるいはハードウェアやソフトウェアは互いに関係し合っており、人を環境に合わせるのか環境を人に合わせるのかが表現されています。
mSHELL分析モデル
m | management(管理) | 経営方針、安全管理など |
S | Software(ソフトウェア) | 手順書やマニュアル、規則など |
H | Hardware(ハードウェア) | 機器や機材、設備、施設の構造など |
E | Environment(環境) | 温度や湿度、照度など |
L | Liveware(当事者) | インシデントに関与した本人 |
L | Liveware(当事者以外) | 当事者以外の関係者、同僚など |
mSHELLモデルは河野龍太郎さんが提唱したモデルです。
SHELLモデルとの違いは「management(管理)」が加わった点です。「m」を小文字としたのは、管理を強調すると「L」のやる気やパフォーマンスが低下すると考えたからのようです。
SHELLモデルにマネジメントが加わったことで、より現場の状況をリアルに反映したものになっています。
医療安全はP-mShell分析モデルへ
P | Patient(患者) | 患者 |
m | management(管理) | 経営方針、安全管理など |
S | Software(ソフトウェア) | 手順書やマニュアル、規則など |
H | Hardware(ハードウェア) | 医療機器や機材、設備、施設の構造など |
E | Environment(環境) | 温度や湿度、照度など |
L | Liveware(当事者) | インシデントに関与した本人 |
L | Liveware(当事者以外) | 当事者以外のチーム、同僚など |
P-mSHELLモデルも河野龍太郎さんが提唱したモデルになります。
このモデルは「P」つまりPatient(患者)が加わったことで、より医療の現場に特化したモデルとなっています。逆に言えば、これまでのSHELLモデルでは「患者」が不在のまま、分析するモデルだったということになります。
そのため、医療安全におけるSHELL分析は、このP-mSHELLモデルに基づいて分析されることをオススメします。
さまざまな観点から分析することの意義
インシデントやアクシデントが発生した場合には、人に注目するだけではなく、その他の要因を踏まえながら分析することが大切です。
ヒューマンエラーが原因で問題が発生したという思考では、その他の要因を見落としてしまうかもしれません。そのため、ヒューマンエラーは原因ではなく結果であるという観点から分析をすることが重要になります。
以下でP-mSHELLモデルによる分析例をみてみましょう。
P-mSHELLによる分析例
【事例】2つの輸液ボトルを取り違えて別々の患者に点滴静脈注射した。
要因 | |
Patient(患者) | 患者に名前を名乗ってもらわなかった |
management(管理) | 輸液ボトルの取り扱いに関する管理基準がなかった |
Software(ソフトウェア) | 同一のワゴンに複数の輸液ボトルを置く慣習があった |
Hardware(ハードウェア) | 施設内にワゴンが不足していた |
Environment(環境) | 夜間であったため病室が暗く、確認しづらかった |
Liveware(当事者) | 患者の確認を怠ったまま点滴静脈注射をした |
Liveware(当事者以外) | 別の看護師が2つの輸液ボトルを用意した 同一のワゴンに2つの輸液ボトルを準備した |
この例のように一つの事象に対して、さまざまな観点から要因を分析することによって、より効果的な対策を具体的に立てることができます。
また、ヒューマンエラーにだけ着目するのではなく、エラーを誘因した状況をP-mSHELL分析によって把握し、着実に再発防止をすることが大切です。
まとめ
人間の行動はさまざまな要因に影響され、特に複雑な環境ではその影響が顕著です。このような状況下での分析手法として、SHELL分析があります。SHELL分析は、環境(Environment)、ハードウェア(Hardware)、ソフトウェア(Software)、関係者(Liveware)の4つの要素を考慮し、人間と環境の相互作用を捉えます。
エドワーズのSHELモデル、ホーキンズのSHELLモデル、mSHELL分析モデル、そして医療安全に特化したP-mSHELL分析モデルなど、様々な派生モデルが存在します。これらのモデルは、管理(management)や患者(Patient)などの要素を組み合わせ、特定の分野におけるリアルな状況を反映することができます。
ヒューマンエラーが問題の原因である場合でも、SHELL分析では他の要因も考慮し、問題を包括的に理解することが強調されています。P-mSHELLモデルを用いた具体例では、患者の確認漏れから起きた医療ミスを、様々な要因の観点から分析して再発防止策を講じる手法が示されています。