力は所有するものではなく「関係」である。
ジェラルド・ワインバーグ
目次
チームステップスとは何か~その意味と概要について
チームステップス(Team STEPPS®)とは、米国のAHRQ(医療研究・品質調査機構)が医療のパフォーマンス向上と患者の安全を高めるために開発したツールです。
「Team Strategies and Tool to Enhance Performance and Patient Safety」の頭文字から名づけられました。日本語に訳すると以下のような意味になります。
医療の成果と患者の安全を高めるチーム戦略と方法
チームステップスの目的は、主にチームとしての取り組みによって医療安全・患者安全文化を醸成させることにあります。そのための戦略ツールとして開発されたのが始まりです。チームステップスには様々なツールがあり、それらのツールを総称したものが「Team STEPPS®」なのです。ちなみに、TeamSTEPPS®の「®」とは商標登録されていることを表した記号になります。
以下の図はチームステップスのシンボルマークであり、コンピテンシー(行動特性)に基づいて表現された全体像です。
チームステップスの中核となるのは、図の中心にある4つの要素です。
- リーダーシップ
- 状況モニター
- 相互支援
- コミュニケーション
要素 | 内容 | ツール |
リーダーシップ | 患者安全の方向性と活動に影響を与えるもの。チームの能力を最大限に活用するためにすべてのスタッフが持つべき能力 | Brief Huddle Debrief |
状況モニター | 患者安全のために個々人あるいはチームで状況や環境を観察する。そしてその観察を評価・意味づけし周囲に発信する能力 | STEP crossmonitor |
相互支援 | チームのスタッフ同士でサポートし合い、ときには不安全行動にフィードバックを与える能力 | Two-Challenge-Rule CUS DESK |
コミュニケーション | 相互に正確な情報の送受信を行う。正確かつ明確でタイムリーな情報を具体的に責任を持ってやり取りする能力 | SBAR Call out Check-back Hand-off |
これら4つの要素を患者をケアするチームで共有します。
それによって「パフォーマンス」「態度」「知識」のアウトカムへと繋げていき、チームとして相互に作用し合っていきます。
それでは次にチームステップスにおけるツールの中から、代表的なツールの例を解説していきます。
チームステップスの例①「SBAR(エスバー)」
まずはじめに解説するのは「SBAR(エスバー)」と呼ばれるコミュニケーションツールです。
SBARとは以下の4つの頭文字から名づけられました。
- Situation → 「状況」
- Background → 「背景」
- Assessment → 「評価」
- Recommendation&Request → 「提案」と「依頼」
これらを図にしたものが以下になります。
医療者チーム間でのコミュニケーションにおいて、どういった要素を伝えると効果的かを明示したものです。このSBERに基づいたコミュニケーションをとることで、状況、背景、評価、そして提案もしくは依頼がハッキリし、スムーズな連携をとることが可能となります。
また、迅速で正確な情報が求められる緊急時などには、これらの要素を含んだ内容でコミュニケーションをとることは必須の要件といってもよいでしょう。
チームステップス例②「CUS(カス)」
「CUS(カス)」とは以下の3つの頭文字から名づけられました。
- I am Concerned → 「気になります」
- I am Uncomfortable → 「不安です」
- This is a Safety issue → 「これは安全の問題です」
「CUS」は自分が感じていることを率直に声をあげるために行います。
過去の医療事故事例でも、事故が発生するまでのプロセスでスタッフが「違和感を感じた」「不安を感じた」という事例は多くあります。事故発生前に気になること、不安に感じていることがありながら、結局は声に出すこと、伝えることができず事故発生まで至ってしまったケースです。
このようなケースは職種間の権威勾配や風通しの悪い文化など要因は様々ですが、チームステップスのツールを使うことで、少なくとも「声をあげられない」「伝えられない」といった要因を避けることはできます。
チームステップス例③~CHECK BACK(チェックバック)
「CHECK BACK(チェックバック)」とは復唱という意味で、指示や依頼したこと(されたこと)を繰り返し反復して伝え合うことです。例えば以下の図のようなやり取りになります。
このCHECK BACKで重要なのは、伝える側も伝えられる受け手も双方ともチェックバックしていることです。
医療事故の原因として多く発生しているものに「伝達エラー」があります。とりわけ多いのは数量や単位などの伝達ミスです。また、患者名の取り違いなどの伝達エラーも多く発生しています。
そのため、CHECK BACKを実施する際には、数量や単位などを必ず明言し、それらを双方でチェックするコミュニケーションが大切になります。
また、相手方がチェックバックを行わない場合には「チェックバックをお願いします」と依頼することも重要です。
チームステップス例④「CALL OUT(コールアウト)」
「CALL OUT(コールアウト)」とは、重大で緊急を要する事態において、チーム全員に伝わるように発信する伝え方のことです。
緊急性が高い場合には、一人ずつ伝える時間がない場合もあります。そのため、チーム全体に伝わるような大きな声で指示あるいは依頼をする必要があります。
迅速な対応が求められる場合において、時間は非常に重要なリソースでもあります。コールアウトを使った伝え方をする際には、チーム内のスタッフが、いざというとき各々どのような行動をとるべきかを事前に話し合いコンセンサスを得ておくことも重要になります。
チームステップス例⑤「2 CHALLENGE RULE(2チャレンジルール)」
「2 CHALLENGE RULE(2チャレンジルール)」とは、安全に関する重要な義務の違反や誤りなどを発見したり感じた場合に、ひとまず活動を中断させるためにアピールを繰り返すことです。
安全を脅かすような緊急性のある状況や事柄等があると感じた場合において、一度はアピールしたものの、その提案について議論がなされないなどの状況で繰り返しアピールすることです。
「2 CHALLENGE RULE(2チャレンジルール)」を行う場合に重要なことは、アピールされた側は必ず対応しなければならない等の取り決めを事前にしっかりルール化しておくことです。そしてアピールする人にとってアピールしやすい環境をつくることが大切です。
また、「2 CHALLENGE RULE(2チャレンジルール)」の目的は、相手の間違いや過ちの指摘そのものにあるのではなく、相手が気づいていない情報の提供、あるいは業務のサポートを行うことにあります。
チームステップス例⑥「HAND OFF(ハンドオフ)」
「HAND OFF(ハンドオフ)」とは、業務の引継ぎのことです。Team STEPPS®におけるハンドオフは、アメリカンフットボールで直接ボールを味方の選手に手渡すところからきています。また、安全に業務の引継ぎを行うための要点となる10項目の頭文字をとった「I pass the baton」(バトンを渡す)が推奨されています。
「I pass the baton」の内容は以下のようになります。
Introduction | 自己紹介(氏名・職種・役割など) |
patient | 患者(氏名・年齢・性別・状態など) |
assessment | 主訴・バイタルサイン・診断など |
situation | 現在の状況や状態・治療後の反応や変化など |
safety | 安全上の問題・留意点・危険の有無など |
background | 患者の背景・服薬状況・家族歴など |
action | 何が行われ・何が必要かなど |
timing | 時機・緊急性の度合など |
ownership | 責任者・家族の連絡先など |
next | 予測・予想される変化など |
「I pass the baton」は、あくまでも業務上の「安全」に関する引継ぎ内容の基準例です。
まとめ
医療事故の要因は半数以上が非医療技術によって発生しているといわれています。専門性の高い知識や技術ではなく、単純なヒューマンスキルによって事故が発生している場合が多いのです。
チームステップスは、そのようなヒューマンスキルの向上をチームとして取り組むことができるものであると同時に、チーム自体がパフォーマンスを向上させることができる有益なツールです。
そのためチームステップスの活用は、チームとして学び実践していくべきものであり、質の高い医療や安全な医療を行っていくための必須のツールと言っても過言ではありません。