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インシデントレポートの目的と意義
医療機関ではインシデントが発生したらインシデントレポートに必要な項目を記載して、報告する制度を導入しています。インシデントの発生を報告することによって再発防止に役立てるためです。
また、インシデントを報告することによって、本人はもちろん職場の同僚に注意を喚起することにもなります。そのため、インシデントレポートを提出する意義は、事故を未然に防ぐことでもあるのです。
インシデントレポートは反省文でもなければ始末書でもない
ミスをした本人にとって事実を報告することは、とても勇気のいることです。インシデントを起こしてしまったら隠したいと思うのも人間として無理のないことです。しかし、インシデントを報告して職場の同僚と共に情報を共有することによって再発を防ぎ、医療の安全に活かす意識を持ちましょう。
インシデントレポートはミスをした罰として書かされる始末書ではありません。反省を促す反省文でもありません。あくまでも報告する目的は再発防止のためであり、そのために必要な情報なのです。
ハインリッヒの法則でみるインシデントと事故の関係
インシデントと事故との関係を数値化したものにハインリッヒの法則があります(下図)。1件の重大事故の背後には29件の軽微な事故があり、さらにその背後には300件のインシデント(ヒヤリハット)が存在するとしたものです。安全に関わる業務を行う人であれば、ご存知の方も多いと思います。
この法則を発表したハインリッヒは、5000件以上の労働災害を対象に調査して、この法則を発見しました。ハインリッヒの法則で重要なのは数字だけではなく、事故は多くのインシデントが集積した結果として発生すると捉えていることです。
また、ハインリッヒは300件のインシデントには恐らく数千件にも及ぶ不安全行動・不安全状態が存在するとも指摘しています。
インシデントを報告するということは、そのインシデントの再発を防止すると共に、将来に起こる可能性のある事故を未然に防止するという意味でも大切なことなのです。
上から与えられた安全への手段は現場で目的化する
そもそもインシデントを管理する目的は、インシデントの再発防止とインシデントがアクシデントに発展することを防ぐことにあります。いずれにしても、次に起こる可能性のある事故を未然に防止することにあるのです。
多くの病院で導入されているインシデント管理システムは、基本的にインシデントが起きた後にはじめて始動します。その始点としてレポートを提出して報告するわけです。当然ながら再発防止は起きてしまった出来事を繰り返さないことにあります。そういう意味では制度としては間違っていません。しかし本来、インシデントが起きてはじめて始動するインシデント管理システムは、逆に言えばインシデントがなければ放置される可能性があります。
どのような業種や分野においても、上から与えられた安全への手段は現場で目的化する傾向にあります。病院の場合も、本来は医療安全や患者安全のために与えられた手段が現場では目的化している場合が多いものです。
おそらくその象徴的な姿勢が、インシデントレポートの提出に表れてきます。どれだけ声高に「再発を防止するため」「報告は始末書ではない」と言っても、実際には反省を促す意味合いがあったり、始末書を提出しているような気持ちになっている現場のスタッフも多いでしょう。つまり、機能しているかのようにみえて、本来の目的から逸脱した実態となっている可能性があるということです。
もしそのような状況ならば、そのような状況それ自体もインシデントです。
自分の病院にある医療安全管理指針を読む
医療安全管理指針の整備は医療法によって、すべての医療機関に義務づけられています。医療安全管理指針は、その組織における最初の安全報告です。院内で行われる業務はすべて、その指針に結びつくはずです。もし仮に指針と現場の状況が合っていないなら、現場に問題があるか指針に欠陥があるかのいずれかです。
医療安全管理指針でインシデントの報告する制度の構築に触れていない病院は存在しないでしょう。おそらく日本の病院では報告する制度を実施しているはずです。
しかし大切なのは制度を実施していることではなく、報告する制度が機能しているか否かです。厚生労働省は医療安全について安全文化の醸成を謳っています。あなたは安全文化の醸成とはどういうことだと思いますか?
その答えを自分たちの組織で共有し、すべての医療安全活動が組織で定められた医療安全指針に結びついていくことが大切なのです。
安全とはなにか?醸成とはなにか?
安全とは動的な平衡状態のことです。足場が不安定な状況の中でバランスをとるようなものです。そのため、注意をしていなければバランスを崩してしまいます。
安全とは、決して止まることない変化の中で、バランスをとることです。安全は目に見えません、匂いもしません。あることを完全に確認することもできません。だからこそ私たちは、安全を失ってはじめて安全を知ります。インシデントやアクシデントという望ましくない出来事が起きてはじめて知るのです。
私たちが追いかける安全とはそういうものです。追いかけても追いかけても逃げる月のように、掴もうとしても手からすりぬける雲のように捉えづらく認識しづらいものです。
そういった安全を実現していくためには、組織的な力が必要です。そして組織とは文化によって動くものです。安全文化の醸成とは、つまり安全を理解しそれを組織に根づかせていくことなのです。
報告する文化の構築から学習する文化へ
報告の要点は、組織の学習に役立てることである
シドニー・デッカー
インシデントの取り扱いを見れば、その組織が医療安全に対してどのような姿勢で取り組んでいるかがわかるものです。組織の安全文化が如実に表れるものなのです。
これは組織の中にいる一人一人にも言えることです。
インシデントを医療安全のために報告することは、ただ事実を報告するだけが目的ではなく、インシデントの再発防止や事故を未然に防ぐための重要な学習の機会でもあるのです。
まとめ
医療機関では、発生したインシデントに関する情報をまとめ、それを報告する制度が導入されています。これは、再発を防ぐために役立つ情報を提供することが目的です。
さらに、インシデントの報告は、関係者だけでなく、職場の同僚にも注意を喚起する一環となります。そのため、インシデントレポートの提出は、事故を未然に防ぐ重要な手段の一つと言えます。
ミスを犯した者にとって、事実を報告することは非常に勇気を要する行為です。ミスを犯した場合、隠したくなる気持ちは理解できます。しかし、インシデントを報告し、職場の同僚と情報を共有することで再発を防ぎ、医療の安全意識を高めることが大切です。
インシデントレポートはミスを罰するためのものではなく、反省を促す文書でもありません。報告の目的は再発防止であり、そのために必要な情報を提供するものです。
ハインリッヒの法則によると、1件の重大事故の背後には29件の軽微な事故があり、さらにその背後には300件のインシデントが存在するとされています。事故は多くのインシデントが積み重なって発生するものと捉えられており、インシデントを報告することは再発防止と未然防止の両面で重要です。
インシデントを管理する目的は、再発防止とアクシデントの発展を防ぐことにあります。ただし、多くの場合、インシデント管理システムはインシデントが発生した後に初めて動き出します。レポートを提出して報告することが始まりです。再発防止は過去の出来事を繰り返さないことにありますが、制度としてはインシデントがない限り放置される可能性があります。
安全に関わる業務を行う人々は、与えられた安全手段を現場で具体的な目的として適用する傾向があります。病院の場合も、本来は医療安全や患者安全のために与えられた手段が現場で目的化されることがあります。
医療安全管理指針は、医療法によってすべての医療機関に義務付けられています。この指針は組織内での最初の安全報告となります。組織で行われる業務は、この指針に結びつくべきです。指針と現場の状況が合っていない場合、問題が現場にあるか指針に欠陥があるかのいずれかです。
指針でインシデントの報告制度に触れていない病院はほとんどないでしょう。しかし、重要なのは単に制度を実施していることではなく、その制度が機能しているかどうかです。報告制度が機能していることこそが、厚生労働省が提唱する医療安全の醸成に繋がります。安全文化の醸成は、安全を理解し、組織に浸透させるプロセスです。
安全は動的な平衡状態を指します。不安定な状況でバランスを取ることが求められます。安全は見えず、匂いもなく、確認しにくいものです。だからこそ、安全を失ったときに初めてその重要性が理解されます。望ましくない出来事が起きなければ安全を認識することは難しいのです。
安全を実現するためには組織的な力が必要であり、組織は文化によって動きます。安全文化の醸成とは、安全を理解し、それを組織に浸透させることです。
インシデントの取り扱いは、組織が医療安全にどのような姿勢を持っているかを示すものです。組織の安全文化が明確に表れるものです。これは組織内の個々のメンバーにも当てはまります。
インシデントを医療安全のために報告することは、事実を報告するだけでなく、重要な学習の機会でもあります。インシデントの報告を通じて、組織全体が再発防止や未然防止に向けて学びを得ることが期待されます。
- インシデントレポートの目的は再発を防止することにあります。
- 重大事故の背後には多くのインシデントがあり、これらが積み重なって事故が発生します。
- ミスを報告することは難しいが、再発防止や医療安全のために報告する意識転換が重要です。
- インシデントは学習の機会であり、報告する文化を組織で育むことが重要です。
- 医療安全管理指針を確認し、報告制度が機能しているかどうかを確認することが重要です。
- 安全は動的な平衡状態であり、安全文化の醸成が組織的な力となります。
- インシデントの取り扱いは組織の安全文化を反映しており、報告は学習の機会となります。
これらのポイントを踏まえ、安全意識の向上や学習の循環を促進することが、医療機関におけるインシデント管理の重要な側面と言えるでしょう。