システムとはなにか~その複雑さとつながり
システム(system)とは何か目的をもって相互に機能している要素の集合のことです。
システムには必ずしも客観的な実体があるわけではなく、私たちが対象として認識しようとする観点として存在するものです。
例えば人体を一つのシステムとしてとらえることもできますし、病院などの組織も一つのシステムとしてみることもできます。
システムとの対義語としてよく引き合いに出されるのは「カオス(chaos)」です。カオスとは混沌としたものや無秩序なものをいいますが、システムはある目的に向かって一貫した機能をもっており、秩序をもっています。
まず以下の図をご覧ください。
この図のAとBはどちらが複雑かという問いをすると、多くの人が「B」だと考えます。確かにBは何か入り組んでおり、いかにも複雑にみえます。
一方でAは輪の数も少なくスッキリしており、とてもシンプルにみえます。
しかし、よりシステムの概念に近いのは「B」です。
あなたが仮に組織の管理者だとします。そして図にある輪の一つ一つが部下だとしましょう。そういった場合、部下全員に伝えたい指示があったとき、Aのパターンでは輪の一つ一つに指示を伝える必要があります。
一方でBのパターンでは一つの輪、つまり一人の部下に指示を伝えることで全員に伝達することができます。
それはなぜかというと相互に「つながり」をもっているからです。そしてこの場合、指示を伝達するということに関しては、必ずしもBがAより複雑であるともいいきれません。とくに指示を周知したい管理者にとっては、Bの方がよりシンプルであるとさえいえます。
そしてもう一点。
さきほどように「AとBのどちらが複雑か」という問いをした場合、「A」「B」のそれぞれに多くの人は着目しますが、「AとB」の間にある「と」の部分を忘れる傾向があります。
システムにとって重要なのは「A」「B」という個別の要素だけでなく、「と」という部分のつながりや関係性、あるいは相互作用などです。
システム思考と要素還元主義~全体と部分
システムという観点で物事をとらえる対極にあるのは要素還元主義です。
要素還元主義とは構成要素を細かく分析することによって、対象とする物事の原因を把握し全体を理解しようとする考え方です。
医療の場合、なにか有害事象が発生したときに、その有害事象を発生させた要因や原因を辿りながら分析して、その根本原因へ対策を実施する方法をとります。
RCA(根本原因分析法)という分析手法を活用して、有害事象の再発を防止することが多いと思います。
この手法は分析の過程で「出来事流れ図」という有害事象に至るまでの出来事を時系列に表現した図を作成します。これは出来事を辿ることによって、原因を特定するためのツールとして有効な手法でもあります。
しかし一方で、分析対象を細かく分析していくことによって部分のみに注目しやすくなり、全体を見失ってしまう傾向もあります。
つまり「木をみて森をみず」という状況になる傾向があるのです。
システムとして対象をみることは、このような要素還元主義的な分析の欠点を補うことができる重要な観点です。
各々の要素だけでなく、要素間のつながりや関係性、相互作用等を考慮して状況をみることによって「木もみて森もみる」という観点で分析対象をみることができるのです。
それでは次の項で「できごと」の背後にある要素にはどういったものがあるかを解説していきます。
医療安全とシステム思考~挙動を生み出すもの
意思決定は合理的ではありえない
ハーバート・A・サイモン
インシデントやアクシデントのような有害事象は、その「できごと」だけを辿っていても本質がみえてきません。
その「できごと」の背後にあるものは何なのかを把握する必要があるのです。そのためには以下の図で示す氷山モデルが参考になります。
この氷山モデルは目に見える「できごと」の背後にある要素を表現したものです。
「できごと」の背後にはパターンがあるものです。「挙動」といってもよいでしょう。例えば一つのインシデントの背景には、多くの不安全行為や不安全状況が存在します。
その一つ一つの行為あるいは状況はシステムのパターンであり挙動なのです。
さらに、そのパターンを生み出しているのが「構造」です。
構造は不安全な行為や状況を許している組織的な構造ともいえます。この構造は医療安全において「管理体制」として存在している場合が多いでしょう。
構造の背景には、その構造をも生み出している「メンタルモデル」があります。
メンタルモデルは、その組織あるいは個々人がもつ安全に対する考え方や価値観などの内的な動機です。このメンタルモデルは、組織や個々人における安全文化や安全指針のような非常に基礎的な部分となります。
このように「できごと」には、多くの背景があり、それが事象として可視化されたものといえるでしょう。そして要素還元主義的な分析は、ときにこの全体像を見落としやすくなるわけです。
事象を分析するということが、氷山の一角を全体と認識してしまう可能性があるのです。
私たちが物事を分析する場合、ある限られた情報などに基づいて合理的な判断をしようとします。しかし、ある事象に関する情報の全てを知ることは非常に困難です。
例えば医療の場合、インシデントやアクシデントなどの有害事象が発生したとき、その状況等を報告書によって把握します。しかし、報告書に記載された事項だけでは事象の全てを把握することは困難な場合もあります。
また、報告書に記載されたことに限らず、関係者へのヒアリングや現場の調査等を行ったとしても限定的な情報しか得られない場合もあります。
このように限られた情報の中で合理的な判断をすることを限定合理性といいます。そしてこの限定合理性の一因は、「できごと」を追跡することによって得られる情報に依存しているといえます。
また、一つのミスによる有害事象もシステムとしてみた場合、ミスだけに着目してもみえてこない背景があります。
下図はシステム思考におけるループ図といいます。
このループ図はミスによる有害事象が発生した場合の一例です。
なぜミスが起こったのかをみるとき、その背景を全体のシステムの中でみていくことが大切になります。ミスを再び起こさないように努力するだけでは、解決しきれないような背景が存在する可能性があるからです。
それは個々人による局所的な要因だけでなく、その個人を取り巻く環境や状況を考える必要があるのです。
ループ図はどのような背景があるかを知るだけでなく、スタッフ同士のコミュニケーションツールとしても活用できます。
事象だけに着目するのではなく、システム思考の考え方やツールを活用することによって、より安全な医療を実現していくことができるのです。
まとめ
システムという観点で物事をみるとき、それまで見えなかった全体像をつかめたり、原因や解決策の思わぬ発見があるものです。
人は見えるものに着目します。そしてそれは当然のことだといえるでしょう。しかし、見えるものの背景には、それ以上に大きな実態が隠れているかもしれません。
ハインリッヒの法則で有名な一つの重大事故の背景には、29の軽微な事故があり、その背景には300のインシデントがあるというのも一つのシステム的な見方といえます。
さらにハインリッヒは、300のインシデントの背景には、おそらく数千にも及ぶ不安全行為や不安全状況があるとも示唆しています。この数千にも及ぶと示唆されている不安全な行為または状況とは、まさにそのシステムの挙動ともいえます。
そしてこれらの挙動は、その組織全体や構成する個々人の構造、さらにメンタルモデルによって生まれているのです。
私たちが目にする物事の背景には、システムの隠れたダイナミズムが存在するのです。