看護実践において重要なのは経験年数ではなく経験の「質」である
看護学者 パトリシア・ベナー
目次
クリニカルラダーとは~意味と基本的な概要
クリニカルラダーとは看護師の能力やキャリアを開発する指標のことです。クリニカルラダーのラダー(Ladder)とは「はしご」を意味しています。つまり「臨床のはしご」ということです。
ラダーは看護教育の第一人者であるパトリシア・ベナーが提唱した概念で、ベースとなる理論は以下の図のようになります。
レベル | 段階 | 基本的な到達目標 |
レベルⅠ | 初心者(novice) | 基本的な看護手順に従い必要に応じ助言を得て看護を実践する |
レベルⅡ | 新人(advanced berinner) | 標準的な看護計画に基づき自立して看護を実践する |
レベルⅢ | 一人前(competent) | ケアの受け手に合う個別的な看護を実践する |
レベルⅣ | 中堅(proficient) | 幅広い視野で予測的判断をもち看護を実践する |
レベルⅤ | 達人(expert) | より複雑な状況において、ケアの受け手にとって最適な手段を選択しQOLを高めるための看護を実践する |
ベナーは看護職のキャリアが5段階に分類できることを、米国の1200名を超える看護師に対する調査で発見しました。この5段階を「ドレイファスモデル」といいます。ベナーはこのモデルをとおして、経験年数ではなく経験の質こそが重要であると強調しています。
つまりクリニカルラダーの本質は、経験の質を向上させることにあるのです。
ここで一点だけ注意が必要なのは、上記の5段階モデルにおいて重要なのは、初心者(レベルⅠ)から始まることです。医療機関等によっては、レベルⅠを「新人」から始める場合があります。
しかしベナーは、初心者と一人前の間に「新人」の段階があることこそ重要であると強調しています。つまり、初心者と新人を同一視せず、まず最初は何もわからない初心者の存在を省くべきではありません。「新人」という言葉の中で、看護学生や入職間もない初心者と1年目2年目の看護師を同じ「新人」とは見做せないためです。
いずれにしてもこのように、ラダーとは看護師のキャリアを段階別にした指標となり、技術の習熟度や実践能力に基づいて、支援していく仕組みとなっています。
これまで看護師のキャリアは大別して「新人→中堅→ベテラン」という大まかな分け方をしていました。もっと大まかな場合には「新人→一人前」というような曖昧さがありました。
しかし、クリニカルラダーをキャリア開発に活用していくことによって、より具体的な指標に基づき、段階的な目標をもって進めていけるようになりました。いわゆる「ラダー教育」は、この概念に基づいて実施されます。
また、医療機関によっては「キャリアラダー」とも呼ばれています。
現在では多くの医療機関でクリニカルラダーが活用されており、今後も看護師のキャリアパスとしての役割を期待されています。
ラダーの内容に関しては医療機関によって違いがありますが、公益社団法人日本看護協会がベースとなるモデルを公表しているため、それをベースにしている場合が多くみられます。
それでは次にクリニカルラダーの具体的な内容を、日本看護協会のモデルをベースにして解説していきます。
クリニカルラダーの項目~段階的な到達目標
次の表が日本看護協会が公表しているクリニカルラダーの項目モデルの一例になります。
公益社団法人日本看護協会のHP参考
クリニカルラダーのポイントは適切な到達目標の設定です。
レベルに応じて段階的に目指す到達目標を決定し、さらに具体的な目標を設定していきます。このモデルはあくまでもベースであり、詳細な設定は各々の医療機関によって到達目標を具体化させていきます。
ここで重要なことは、いかにスタッフのレベルに合致した到達目標にしていくかです。スタッフのレベルとかけ離れた内容になってしまうと、ラダーが機能性を失ってしまうからです。スタッフ一人一人の個人目標は、この到達目標を基準にして設定されていくことになります。
そのため、項目の具体的な到達目標を決定する際には、十分な話し合いに基づいて慎重に進めていくことが大切になります。また、逆にあまりにも独自性が強すぎる場合にも注意が必要です。
クリニカルラダーは一つの医療機関に留まるだけでなく、看護の共通した評価基準にもなるためです。例えば看護師が他の医療機関に転職するなどの場合にも、一つの評価指標となります。
クリニカルラダーの評価~4つの基本概念
クリニカルラダーは多角的な視点で評価する必要があります。適切な目標を設定する、そしてそれを実践に活かすことができるか等を評価するためです。
クリニカルラダーの評価は以下の4つの基本概念に支えられています。
到達目標
到達目標は看護師のレベルに応じて目指すべき現在の目標です。
例えば初心者から新人看護師への到達目標としては、「先輩看護師からの助言や指示があれば基礎的な看護を実践できる」ことが到達目標となります。
あくまでも到達目標とは、現在のレベルに応じて到達可能なレベルまでの目標だということです。
看護実践能力
看護実践能力とは、到達目標で求められるレベルの看護を実践的に行えるか否かのことです。
つまり、到達目標という「目標」を実際に行えるかを評価します。
組織的役割・遂行能力
組織的役割・遂行能力を評価する目的は、チームの一員として看護を適切に実践できるか否かを問うためです。
看護は個人スキルのみ向上すればよいわけではありません。周囲との連携や協力があって実現できるものです。そのため、個人としての実践能力を周囲との連携に活かせるかどうかが重要になります。
自己研鑽
自己研鑽を評価するのは、決して現状に甘んじるのではなく、より高いレベルへの向上をすることができるかを問います。
自ら課題を発見し、その課題に向かって日々研鑽できるかどうか。レベルに応じた自己研鑽が求められます。
そのため、ラダー評価をする上で、この自己研鑽の評価は欠かすことができません。
クリニカルラダーの目標管理~PDCAサイクル
クリニカルラダーは目標管理が重要です。そのため、到達目標を設定したら、その目標を実践に活かし、評価していく必要があるのです。
目標は評価や測定ができてはじめて進捗を把握することが可能になります。そのため、定期的に到達目標への進捗を管理して、より着実に目標達成に向けた歩みを進めていくことが大切になるのです。
クリニカルラダーの目標管理は以下のように行います。
目標設定
到達目標に沿った「個人目標」を立て、それを「行動計画」として落とし込んでいきます。
実際に日々どのように目標へ向かっていくのかを、より具体的に設定していくということです。
また、「どのくらいの期間」に「どのようなレベルに到達するか」、そしてそれを「どのように計測するのか」といった目標期間や目標値を事前に決定しておくとよいでしょう。
実践管理
実践管理は設定した目標が、実践にどのような活用をされているのかを管理します。また、目標の進捗もこの実践管理において行います。
この段階で目標設定に不備があれば、改めて行動計画やスケジュールを調整する必要があります。
「To Do リスト」などを活用して、日々行うべき実践を明確にすることをオススメします。
成果評価
成果評価は設定した目標を、定期的に評価することです。年間目標の場合は一年間の成果を評価していきます。可能な限り半年あるいは3ヶ月に1度は成果を評価できるようにしましょう。
成果評価を行う際は、「自己評価」と管理者の他者評価とを組み合わせながら、的確に行っていくことが大切です。
改善
成果評価を的確に行われた場合には、必然的に改善点が見えてきます。
そのため、改善を含めた次なる目標を適切に設定するためには、改善のザン段階である成果評価が非常に重要になるのです。
ここで浮き彫りになった改善点は、ただ知るだけでなく、なぜ改善が必要となったのかを明確にすることが求められます。
まとめ
クリニカルラダーは看護師の段階的な成長を、より確実に促進することができるものです。そのため、しっかりとラダーを活用した制度を構築することができれば、組織全体における看護の質の向上にもなっていきます。
最近ではクリニカルラダーの内容を共通化する動きもあり、より全国的な取り組みとなっていくことが予測されます。
クリニカルラダーはベースとなる基本概念と個々の医療機関独自のラダーとを適切に運用することで、より効果的なものとなります。
そのため、到達目標の設定や実際の現場教育・人材育成への落とし込みをする際には、可能な限り時間をかけて実践的で有意義なラダーを設計していくことが大切です。