目次
はじめに
労働市場においてノンテクニカルスキル(Non-Technical Skills: NTS)の需要が急速に高まっている。従来、職場で評価されるのは主として専門的な知識や技術的能力(テクニカルスキル)であった。しかし現代のビジネス環境は複雑化・多様化しており、従業員が単に専門技術を習得しているだけでは十分とはいえない状況にある。現場で成果を上げるには、コミュニケーション力・リーダーシップ・チームワーク・問題解決力・状況判断力といったノンテクニカルスキルが不可欠となっている。
この背景には、いくつかの要因がある。第一に、グローバル化と多様性の拡大である。異なる文化的背景や価値観を持つ人材が同じ組織で働くことが当たり前になり、相互理解や建設的な対話を可能にする能力が求められるようになった。第二に、VUCA(変動性・不確実性・複雑性・曖昧性)時代と呼ばれる環境下において、マニュアル通りに進められる業務は減少し、予測困難な状況に適応するための意思決定や協調行動が重視されている。第三に、働き方改革やリモートワークの普及により、対面での情報共有が制限される中で、オンライン環境でも成果を出せる新しい形のコミュニケーションスキルが必要とされるようになった。
さらに、デジタル化やAIの進展がノンテクニカルスキルの重要性を後押ししている。AIや自動化技術は、膨大なデータ処理や定型業務を人間に代わって遂行することができる。しかしながら、複雑な意思決定や人間同士の信頼関係の構築、創造的な問題解決といった領域は依然として人間にしか担えない。こうした領域でこそ、ノンテクニカルスキルは競争力の源泉となる。
実際、医療や航空、製造、建設など安全性が重視される産業では、事故やトラブルの多くが単なる技術不足ではなく、コミュニケーションの齟齬やリーダーシップの欠如、意思決定の遅れといったノンテクニカルスキルの不足に起因していることが明らかになっている。企業にとってノンテクニカルスキルの教育・訓練は、単なる従業員研修の一環ではなく、組織全体の生産性・安全性・持続可能性を左右する経営課題といえる。
本稿では、まずノンテクニカルスキルの定義やその構成要素を整理し、次に教育・訓練の方法や効果を具体的に示す。そして、医療・航空・製造といった産業別の実践事例を取り上げ、最後に今後の展望を考察することで、企業や個人がどのようにノンテクニカルスキルを高め、現代社会における競争優位性を確保すべきかを探求していく。

ノンテクニカルスキルの定義
ノンテクニカルスキル(Non-Technical Skills: NTS)とは、専門的な知識や技術そのもの以外で、組織やチームで成果を出すために必要となる心理的・社会的能力を指す。近年は単なる「ソフトスキル」とは区別され、むしろ業務の安全性や生産性を支える「不可欠な基盤スキル」として位置づけられている。
特に注目すべきは、ノンテクニカルスキルがヒューマンエラーの防止や組織の安全文化形成に直結するという点である。高度なテクニカルスキルを持つ専門職であっても、情報共有の失敗やリーダーシップ不在によって事故やトラブルに至ることは少なくない。医療、航空、建設、製造などの産業では、重大事故の原因の多くが「技術不足」ではなく「ノンテクニカルスキルの欠如」に起因すると指摘されている。
そのため、ノンテクニカルスキルは「人と人が協働するあらゆる現場」で求められるスキル群であり、リーダー層だけでなく、現場の第一線に立つスタッフにも不可欠な能力といえる。
代表的な要素とその具体的な意味
状況認識(Situational Awareness)
周囲の状況やリスクを正確に把握し、刻々と変化する環境に適応する力。医療現場:患者のバイタルサインの微細な変化をいち早く察知する。
航空現場:気象条件や機体の挙動を常に把握し、先を見越して行動する。
意思決定(Decision Making)
限られた情報や時間の中で、最適な判断を下す能力。医療現場:緊急手術中の処置選択。
ビジネス現場:市場変動に応じた迅速な戦略変更。
コミュニケーション(Communication)
情報を正確に伝達し、相互理解を深めるスキル。単に「話す・聞く」だけでなく、非言語的な表現や確認プロセスも含まれる。チーム内での情報共有、報告・連絡・相談の徹底。
異文化間における誤解を回避するファシリテーション。
チームワーク(Teamwork)
多様な人材が協力して成果を上げる力。役割分担、信頼関係の構築、相互支援などを含む。手術チームが一体となり、術者・麻酔科医・看護師が連携。
プロジェクトチームが部門横断的に課題を解決。
リーダーシップ(Leadership)
チームを率い、方向性を示し、メンバーの力を引き出す能力。権限だけでなく、状況に応じて発揮される「分散型リーダーシップ」も重要視される。危機的状況で冷静に指示を出し、混乱を収束させる。
メンバーの主体性を引き出すファシリテーター型のリーダーシップ。
ストレスマネジメント(Stress Management)
高圧的な環境でも冷静さを維持し、感情を適切にコントロールする力。医療の救急外来、航空のトラブル発生時など、極度の緊張状態でもパフォーマンスを維持。
ビジネスの交渉やプレゼンで過度な緊張を抑え、平常心で臨む。
時間管理・自己管理(Time & Self-Management)
限られた時間や資源を効率的に活用し、持続的に成果を出す能力。納期を意識した計画立案と優先順位付け。
長時間労働による疲労蓄積を防ぎ、継続的に高い生産性を維持。
ノンテクニカルスキルと「ソフトスキル」の違い
しばしば混同されがちだが、ノンテクニカルスキルとソフトスキルには違いがある。ソフトスキルは「人間性や性格特性」に近い側面を指すことが多いのに対し、ノンテクニカルスキルは特定の職務遂行に直接的な影響を与える行動特性として体系化されている。たとえば、手術中に適切な情報伝達を行う外科医の行動や、航空機トラブル時に迅速に意思決定するパイロットの能力は、まさにノンテクニカルスキルの実践例である。
このように、ノンテクニカルスキルは単なる付随的な能力ではなく、組織の安全・生産性・持続性を支える中核スキルである。そのため教育・訓練の体系化が進められ、産業横断的に研究・実践が広がっている。
ノンテクニカルスキルが注目される背景
技術革新とAIの進展
近年のデジタル技術の進歩は、私たちの働き方を大きく変えている。AIやロボティクスは、膨大なデータ分析や単純な反復作業を人間以上の精度とスピードで遂行できるようになった。その結果、会計処理や生産ライン管理、物流システムなど、従来人間が担っていた多くの業務が自動化されつつある。
しかし、AIやロボットにはまだ限界がある。複雑な状況での判断、相手の感情を汲み取るコミュニケーション、創造的な発想といった分野は依然として人間が優位である。例えば、医師が患者の表情や声色から不安を察知して追加の検査を提案する場面や、経営者が予測不能な市場変動に対して直感を含めた意思決定を行う場面は、テクノロジーでは代替できない。
このような背景から、AIが発達すればするほど、むしろ「人間にしかできないこと」を高めるノンテクニカルスキルが注目されているのである。
組織の多様化
現代の組織は、国籍・性別・年齢・価値観などが多様な人材で構成されている。グローバル化やダイバーシティ推進により、異なるバックグラウンドを持つ人々が同じ職場で協働するケースは増加している。
多様性はイノベーションの源泉である一方で、文化的背景や価値観の違いが誤解や摩擦を生むリスクも抱える。そのため、異文化コミュニケーション能力、傾聴力、ファシリテーションスキルといったノンテクニカルスキルが不可欠となる。
例えば、日本企業と欧米企業の合同プロジェクトにおいて、意思決定のスピード感や議論の進め方にギャップが生じることがある。ここでリーダーが双方のスタイルを理解し、共通の土台を築けるかどうかが、成果の成否を分ける。
このように、多様性を力に変えるか、対立の火種にしてしまうかは、従業員のノンテクニカルスキルにかかっている。
安全性・リスクマネジメントの強化
医療・航空・建設といった「安全」が最優先される産業では、ノンテクニカルスキルが事故防止の決め手となる。多くの調査で、重大インシデントの根本原因は技術的な未熟さではなく、情報共有の不足や意思決定の遅れにあることが明らかになっている。
医療:手術中に「誰も異変を口にしなかった」ことで対応が遅れたケース
航空:副操縦士が機長に指摘できず、判断ミスが続いたケース
建設:現場監督と作業員の意思疎通不足から安全確認が漏れたケース
これらはいずれもノンテクニカルスキルが欠如していたために起きた事故である。逆に言えば、状況認識・チームワーク・リーダーシップが機能していれば、防げた可能性が高い。
したがって、リスクマネジメントを実効性あるものにするためには、技術教育に加え、人と人との関わりを最適化するノンテクニカルスキル教育が不可欠である。
ノンテクニカルスキル教育の方法
セミナー・ワークショップ
セミナーやワークショップは、従業員が集まり、ロールプレイ・ケーススタディ・グループディスカッションを通じて実践的に学ぶ方法である。単なる知識習得ではなく、実際の職場で発生するシナリオを再現し、参加者が役割を演じながら解決策を導くことで、行動変容につなげやすい。
さらに、同じ職場単位で受講することで、共通の言語や行動指針を組織全体に浸透させる効果がある。これにより、チーム内でのコミュニケーションや判断の質が均質化され、現場の連携が強化される。
オンラインコース
オンラインコースは、場所や時間にとらわれず学習できる点で現代の働き方に適している。ビデオ教材やシミュレーションを活用し、受講者は自分のペースで繰り返し学ぶことができる。
また、eラーニングとオンラインディスカッションを組み合わせるハイブリッド型にすることで、知識定着と相互交流の両方を実現できる。コスト効率が高いため、中小企業から大企業まで幅広く導入されている。特にリモートワーク環境下では、オンラインコースがノンテクニカルスキル教育の主流となりつつある。
メンタリング・コーチング
経験豊富な上司や先輩社員が後輩を導くメンタリングや、専門コーチが一対一で指導するコーチングは、個別ニーズに合わせた教育手法である。
メンタリングでは、業務上の判断基準や人間関係構築の知恵が伝承され、若手社員の成長が加速する。コーチングでは、個人の目標や課題に焦点を当て、行動計画の策定や振り返りを通じてスキル向上を図る。特に管理職候補にとっては、リーダーシップや意思決定のトレーニングとして有効である。
ゲーミフィケーション
ゲーム要素を取り入れた学習方法は、特に若年層に親和性が高く、参加意欲を引き出す効果がある。シミュレーションゲームやポイント制、ランキングなどを活用し、自然な競争心や協力関係を促進する。
例えば、災害対応を模したゲーム形式の訓練では、状況認識や意思決定の重要性をリアルに体感できる。ゲーミフィケーションは、単なる遊びではなく、実践的スキルを楽しみながら習得する手段として注目されている。
ノンテクニカルスキル教育の効果
ノンテクニカルスキル教育は、単に従業員一人ひとりの成長を支援するだけではなく、組織全体の安全性・生産性・持続可能性を大きく高める効果がある。以下に代表的な効果を詳しく解説する。
1. 生産性の向上
ノンテクニカルスキルを習得することで、従業員同士の意思疎通が円滑になり、チームとしての協働がスムーズになる。例えば、報告・連絡・相談が適切に行われるようになれば、情報の重複や漏れが減少し、業務効率が格段に高まる。
また、時間管理や自己管理スキルが強化されることで、タスクの優先順位付けが適切になり、無駄な残業やリソースの浪費を防げる。結果として、組織全体のパフォーマンス向上とコスト削減につながる。
2. 従業員満足度とエンゲージメントの向上
ノンテクニカルスキル教育は、従業員の心理的安全性を高める。心理的安全性とは、職場で自分の意見を自由に述べたり、失敗から学んだりできる環境を意味する。この環境が整うと、従業員は安心して挑戦でき、モチベーションを維持しやすくなる。
加えて、チームワークやコミュニケーションスキルの向上は、職場での人間関係を良好にし、働きやすさの向上=従業員満足度の向上につながる。結果として、従業員のエンゲージメント(自発的な組織貢献意欲)も高まる。
3. キャリア発展
リーダーシップ、問題解決力、意思決定力といったノンテクニカルスキルは、管理職やリーダー層に求められる資質そのものである。従業員がこれらのスキルを身につけることで、自然と昇進やキャリアアップの機会が増える。
特に若手社員にとって、NTS教育は「次世代リーダー候補」としての能力開発の基盤となり、長期的なキャリア形成に直結する投資といえる。
4. エラー・事故の減少
医療・航空・建設といった高リスク産業では、ノンテクニカルスキル教育の効果が数値としても実証されている。たとえば、医療分野でのシミュレーショントレーニングにより、手術中のヒューマンエラー率が20~30%低減したとの報告がある。また航空業界では、CRM(Crew Resource Management)教育の導入後に致命的事故率が劇的に減少したことが知られている。
これらの事例は、NTS教育が単なる「付加的研修」ではなく、安全リスクを直接的に下げる要因であることを示している。
5. 組織へのロイヤルティ向上
従業員は、自分の成長に対して企業が投資してくれていると実感することで、組織への帰属意識や忠誠心が高まる。特に、研修やコーチングを通じて「自分が大切にされている」と感じた従業員は、離職率が低下する傾向にある。
これは採用・人材育成コストの削減にも直結する。ノンテクニカルスキル教育は、人材定着のための戦略的施策としても極めて有効といえる。
ノンテクニカルスキル訓練の具体的方法
ノンテクニカルスキルは「知識として学ぶだけ」では身につかず、実践と振り返りを通じて習得・定着することが重要である。以下に代表的な訓練方法をまとめる。

| 方法 | 特徴 | 主な対象 | 具体例 |
|---|---|---|---|
| トレーニングプログラム | 集中的にスキルを習得 | 全社員 | 数日間の合宿形式研修、リーダーシップ基礎講座 |
| ワークショップ | 実践的・短期集中型 | プロジェクトチーム | ケーススタディ、シナリオ演習 |
| メンタリング | 経験共有型 | 若手社員 | 先輩社員がキャリア形成や判断基準を伝授 |
| コーチング | 個別最適化 | 管理職候補 | プロコーチによる1on1セッション |
| フィードバック訓練 | 建設的な対話習慣を育成 | 中堅~管理職 | 360度評価の活用、フィードバック演習 |
| ロールプレイ | 実践的シナリオ体験 | チーム全体 | クライアント対応ロールプレイ、緊急時対応訓練 |
| マインドフルネス | ストレス軽減・集中力強化 | 全社員 | 瞑想、呼吸法、ストレス対処法 |
| 時間管理訓練 | 生産性向上 | 管理職・一般社員 | タスク優先度設定ワーク、タイムマネジメントツール活用 |
訓練効果を高めるポイント
反復性:単発の研修では効果が薄れるため、定期的・継続的に行うことが必要。
実務への接続:研修で学んだスキルを現場で即応用できる仕組みを整える。
フィードバックの仕組み:上司・同僚からの評価を取り入れ、自己認識を高める。
組織文化との整合性:企業理念や安全文化とリンクさせることで浸透が早まる。
産業別の実践事例
医療分野
医療現場は、人命に直接関わる高リスク環境であり、ノンテクニカルスキルの重要性が早くから認識されてきた。医療事故の調査では、技術的な誤りよりも、情報共有の不足やチーム間の連携不全が主因となることが多い。これを背景に、医療分野では次のような取り組みが進められている。
TeamSTEPPSプログラム
米国で開発されたチーム医療のための標準的な教育プログラム。医師・看護師・薬剤師など多職種が共通のフレームワークで協働できるように設計されている。特に「SBAR(状況・背景・評価・提案)」を用いた報告手法は、緊急時のコミュニケーション強化に有効である。手術シミュレーション
外科医・麻酔科医・看護師が実際の手術室環境を模したシミュレーションに参加し、危機的状況にどう対応するかをトレーニングする。ここでは技術スキルだけでなく、意思決定・リーダーシップ・チームワークといったNTSが強化される。研究では、この種のシミュレーション研修により、術中エラー率が大幅に低減することが報告されている。
航空分野
航空業界は、ノンテクニカルスキル教育の先駆者であり、その実績は世界中で高く評価されている。
Crew Resource Management (CRM)
1970年代の航空事故を契機に誕生したプログラムで、現在では航空会社にとって必須の訓練。CRMは、パイロット間の情報共有・意思決定・リーダーシップ・相互支援を体系的に育成することを目的とする。CRM導入後、致命的なヒューマンエラーによる事故率は劇的に低下したとされる。疲労管理プログラム
長距離フライトや夜間フライトでは、パイロットの疲労が判断力低下を招くリスクがある。そこで航空業界では、勤務シフト管理、仮眠制度、自己申告による疲労チェックなどを含む疲労管理プログラムが導入されている。これにより、疲労がパフォーマンスに及ぼす影響を最小化し、事故リスクを低減する取り組みが進んでいる。
製造・建設分野
製造業や建設業も、事故の多くが人的要因に起因していることから、ノンテクニカルスキル教育を積極的に導入している。
KY活動(危険予知活動)との統合
作業開始前にチームで危険要因を洗い出し、事故防止策を共有する活動。ここにノンテクニカルスキルの観点を組み込むことで、単なる安全確認にとどまらず、状況認識・意思決定・チームワークを強化する実践的教育となる。現場監督者研修
建設現場や製造ラインを統括する監督者は、迅速な判断力とリーダーシップが求められる。そのため、現場監督者向けには、シナリオ演習やケーススタディを通じた研修が実施されている。これにより、事故発生前に兆候を察知し、リスクを最小化する能力が磨かれる。
教育・訓練効果の測定と評価
評価の課題
ノンテクニカルスキルの教育効果を評価する際には、いくつかの課題が存在する。
行動評価の主観性:観察者による評価はバイアスが入りやすい。
短期効果と長期効果の差:研修直後は改善が見られても、数か月後には効果が薄れる場合がある。
環境要因の影響:個人のスキルが向上しても、組織文化や上司の姿勢が変わらなければ現場で発揮できないことがある。
したがって、単発的な評価ではなく、継続的なフォローアップと多面的評価が不可欠である。
代表的な評価ツール
ノンテクニカルスキル教育の効果測定に用いられる代表的ツールは以下の通りである。
NOTSS (Non-Technical Skills for Surgeons)
外科医のために開発された評価指標。状況認識・意思決定・チームワーク・リーダーシップの4領域について、観察者が行動を評価する。ANTS (Anaesthetists’ Non-Technical Skills)
麻酔科医を対象とした評価ツール。患者安全の観点から、意思決定やタスク管理、コミュニケーションの実践度を測定する。360度評価
上司だけでなく、同僚・部下・関係部署からのフィードバックを総合してスキルを評価する仕組み。多面的な評価が可能で、自己認識のギャップを埋める効果がある。
これらのツールを組み合わせることで、教育効果をより客観的かつ継続的に把握することができる。
今後の展望

デジタル技術の活用
今後のノンテクニカルスキル教育においては、デジタル技術の進展が大きな推進力となる。
VR/ARによる没入型学習
仮想現実(VR)や拡張現実(AR)を活用することで、従業員は現実さながらの状況下でトレーニングを受けることが可能になる。例えば、医療分野では手術室を模したVR環境で、緊急事態にどう対処するかを体験的に学習できる。建設分野では、災害発生時の現場をシミュレーションし、安全確認や指示出しの訓練に活用されている。これにより、現場で発揮すべき状況認識・意思決定・チームワークを安全な環境で繰り返し鍛えることができる。AIによる行動解析とパフォーマンス評価
AIを用いた映像解析や音声分析により、従業員の発言頻度、指示の明確さ、非言語的サイン(表情やジェスチャー)まで測定できるようになってきた。これにより、従来は観察者の主観に依存していたNTS評価が、客観的かつ定量的に可視化されるようになる。AIの活用は、フィードバックの質を高め、学習効果を加速させるだろう。
異業種連携の拡大
ノンテクニカルスキル教育は一つの産業だけに閉じるべきではなく、異業種間での知見共有が重要である。
航空から医療への応用
航空業界で確立されたCRM(Crew Resource Management)は、すでに医療分野のTeamSTEPPSプログラムへと応用されている。医療事故の減少に寄与しており、他産業へのモデルケースとなっている。原子力から製造・建設への応用
原子力発電所で培われた「ヒューマンファクター管理」のノウハウは、製造業や建設業の現場安全管理に活用されつつある。特に、リスク予知・報告文化・多層防御の考え方は、異業種でも普遍的な価値を持つ。
こうした異業種連携は、今後ますます加速し、NTS教育の質と普及を押し上げる原動力となる。
安全文化との統合
今後の展望として最も重要なのは、NTS教育を単なる「スキル研修」として位置づけるのではなく、組織文化変革の中核に据えることである。
安全文化(Safety Culture)は、組織全体で「安全を最優先する価値観や態度」が共有されている状態を指す。ノンテクニカルスキル教育は、この安全文化を具体的な行動に落とし込む仕組みとして機能する。例えば、リーダーが積極的に意見を聴き、部下が安心して発言できる職場環境をつくることは、心理的安全性とリスク低減の両立につながる。
NTS教育と安全文化醸成を統合することで、従業員一人ひとりの行動が変わり、結果として組織全体の持続的な競争力強化につながると期待される。
まとめ
ノンテクニカルスキルの教育・訓練は、今や一過性の人材育成手法ではなく、企業の競争力を高め、従業員の成長を支える不可欠な戦略的取り組みとなっている。
個人にとって:ノンテクニカルスキルは、キャリア形成と自己成長の基盤であり、リーダーシップや問題解決力を強化することで昇進や新たな挑戦の機会を広げる。
企業にとって:NTSは、生産性・安全性・従業員エンゲージメントを高め、事故防止や人材定着にも寄与する。結果として、組織の持続可能な成長を実現する鍵となる。
今後の社会では、ノンテクニカルスキルはテクニカルスキルと同等、あるいはそれ以上に価値を持つスキルセットとして位置づけられるだろう。AIや自動化が進展するからこそ、「人間にしかできない力」であるノンテクニカルスキルを磨き続けることが、個人と企業の双方にとって成功の条件になる。
参考文献
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