
インシデントの原因と要因を正しく判断する
インシデントとは
インシデントとは、事故に至る可能性があったものの、実際には未然に発見・防止・回避された事象を指します。
このページでは主に、人為的な要因によって生じるインシデントを中心に解説しますが、実際の現場では人為的なものに限らず、制度的・環境的な要因によって発生するケースも少なくありません。
人為的インシデントを判断する基準
インシデントが「人為的なもの」と判断されるのは、次のいずれかに該当する場合です。
すべきことをしなかった場合(行為の欠如)
すべきではないことをした場合(誤った行為)

これらはいずれも、人の判断や行動に起因するインシデントといえます。
一方で、「すべきことをしたのにインシデントが起きた」、あるいは「すべきではないことをしなかったのに起きた」という場合もあります。このようなケースでは、原因は人為的なミスではなく、環境的要因(設備・照明・構造など)や制度的要因(手順・ルール・配置体制など)にある可能性が高いと考えられます。
制度的・環境的なインシデントの例
たとえば、定められた手順やマニュアルに従って正しく行動したにもかかわらずインシデントが発生した場合、その背景には次のような問題が潜んでいることがあります。
手順書の内容が現場実態に合っていない
設備や装置の設計上の欠陥がある
照明・配置・人員体制などの環境条件に問題がある
このようなケースでは、個人のミスではなくシステム側の欠陥が原因です。したがって、「人為的な改善(個人教育・注意喚起など)」を行っても根本的な再発防止にはつながらず、むしろスタッフの不満や萎縮を招くこともあります。
正しい判断と改善の方向性
インシデントが発生した際には、まず人為的か、制度的・環境的かを正確に区別することが重要です。
ここで判断を誤ると、
制度的な問題を放置したまま
個人の責任追及や形骸的な改善に終わる
といった不適切な対応につながりかねません。
したがって、「誰が何を間違えたか」よりも、「なぜそうならざるを得なかったのか」という構造的な視点が求められます。
原因と要因の違い
インシデントを分析する際は、「原因」と「要因」を区別して考えることも大切です。
原因:インシデントを直接的に引き起こした要素(例:ボタンの押し間違い、報告の失念)
要因:その背後で間接的に影響した要素(例:長時間労働、マニュアルの不備、設計上の問題)
たとえば、薬剤取り違えというインシデントが発生した場合、直接的な原因は「取り違え行為」ですが、背景には「似た包装デザイン」や「保管棚の配置」などの要因が潜んでいるかもしれません。

総合的な視点での改善
インシデントの本質は「人のミス」だけでなく、「システムや環境が人を誤らせる構造」にあります。
したがって、再発防止のためには、人為的・制度的・環境的要因を総合的に評価し、システム全体の安全性を高めることが重要です。

インシデントの種類を分類する
インシデントの種類と分類
インシデントは、さまざまな原因が考えられます。代表的な種類には以下のものがあります。

インシデントの種類①「不足」
インシデントの中でも主に経験の浅い新人スタッフや業務内容が頻繁に変化する業務を行う際に多くみられるのが「不足」によるものです。
「不足」と言っても、経験が不足している場合もあれば、知識の不足や技能の不足など様々なものが考えられます。また、制度や取り決めに対する理解不足や認識不足も考えられるでしょう。
いずれにしても「不足」によるインシデントは、本来なら満たされているべき事柄に対する不足によって発生するインシデントのことであり、分析や対策を行う際には「何が不足していたのか」を定義し、それを補う対応が求められます。
インシデントの種類②「不遵守」
「不遵守」によるインシデントとは、その名のとおり手順やマニュアル、制度上の取り決め等を遵守しなかったことで発生する場合をいいます。
インシデントの種類③「不注意」
「不注意」によるインシデントは、当該業務について知識や技能等を満たし、なおかつ手順等も遵守しているにもかかわらず発生するケースです。単純に注意を欠いた場合がこれに当たります。
言い方によっては「注意不足」ともいえるため、①の「不足」とも内容が重複しますが、あえて差異をつけるとしたら知識や技能等の不足はないにもかかわらず起こる場合が不注意といえるでしょう。
つまり「不注意」によるインシデントは、経験の浅い新人スタッフだけではなく、経験豊富なベテランのスタッフにも起こりえるケースといえます。
インシデントの種類④「疲労」
「疲労」によるインシデントとは、過酷な労働環境や多忙な業務環境で休憩がとれないなど疲労による原因によって発生するインシデントです。前述した「不注意」などの背景には疲労が原因になっている場合もあるため、インシデントが発生した場合には背景要因として「疲労」が存在しないか考慮する必要があります。
当該インシデントに関わったスタッフの労働環境や勤務実態などを考慮した上で、インシデントの対策と防止を進めることを要するかもしれません。
インシデントの種類⑤「錯覚」
「錯覚」によるインシデントは、指示書の読み間違い等によって発生するケースです。
例えば手書きの指示書などを利用して複数のスタッフが関与する業務に多くみられるインシデントです。数字やアルファベッドなどを誤って認識したり、確認した対象を「ない」のに「ある」としたり錯覚し思い込んでしまう場合などです。
「錯覚」によるインシデントを防止するためには、人間は錯覚する行動特性を備えていることを認識した上で、確認を怠らないことや表記方法を変更するなどの工夫をすることが重要です。
インシデントの種類⑥「欠陥」
「欠陥」とは業務を安全に遂行する上で必要とされる特質を欠いている場合のことです。
そもそも安全を要する業務に対して注意をすることを全く考慮しない、安全に業務を行うことに対して著しく不適格な勤務態度などもこれに当たります。
①の「不足」との決定的な違いは、知識や技能等は不足していないことです。また、②の「不遵守」との決定的な違いは、その行為を改める様子がみられない点です。
また「欠陥」として考えられるのは、当該業務について著しく素養を欠いてる場合なども考えられるかもしれません。その場合には、当該スタッフの再教育や配置転換等も考慮する必要があるでしょう。
ここにあげたインシデントの種類はあくまでも代表的な原因であり、その他のケースも考えれますし、複数の要因が関連して発生する場合もあるでしょう。重要なのは、発生したインシデントがどのような人為的な要因で発生したのかを正確に把握することであり、対策を行う上で適切な分類をすることだといえます。

インシデントの分析をする

インシデントの原因と背景の分析
インシデントの対策と防止を行うためには、インシデントの原因と背景を把握する必要があります。もし仮に原因と背景を見誤ってしまえば、対策の立案と実施が真に有効な対策とはならないためです。
そのため、インシデントが発生した原因と背景を可能な限り正確に把握することが重要であり、そのためにもインシデントの分析は対策のために重要となるのです。
インシデントの分析では、発生した事象に至った経緯を把握する必要があります。また、その業務に関与したスタッフによる業務の流れや他のスタッフとの業務の受け渡しなどの連携に問題は無かったかなどの事実の把握です。
この一連の把握には、主に「出来事流れ図」などの時系列による図を作成します。この図では、発生したインシデントに至るまでの業務の流れ、関与した人物、使用した機器や設備等の情報を集約して行います。この図を作成する作業では、関与した人物による報告または関与した人物へのヒヤリング等を行い、可能な限り経緯を明確にすることが大切です。
そして出来事流れ図の作成ができたら、続いて「なぜなぜ分析」を行います。なぜなぜ分析とは、インシデントが発生した根本的な原因を把握するために行う分析手法です。
なぜなぜ分析を行う意義は、インシデントが発生した原因を表面的に把握するのではなく、根本的な原因を把握することです。それによってインシデントの対策と防止を本当に有効なものとすることができるからです。
なぜなぜ分析で根本的な原因が把握できたなら、その原因(複数の場合もあり)が本当にインシデントの発生と因果関係があるのかを確認します。把握したインシデントの原因が真因であれば、当然ながらインシデントの発生との因果関係があるはずだからです。

以上の流れで原因を特定できたら、次にインシデントの対策案を立案していきます。
具体的なインシデント分析については以下の記事で詳しく解説しています。
インシデントの対策を立案する
インシデントの対策
インシデントの対策を立案するためには、インシデントの原因となった解決すべき問題を明確にすることが大切です。そのため、対策の立案をするには、下図のような流れによって行うことが一般的となります。
インシデントの発生をどのように把握するのか。まずここがハッキリとしていなければ、そもそもインシデントの対策は行うことができません。一般的にインシデントの把握は、当事者や関係者の報告によって行われることが多いと思います。しかし、必ずしもインシデントの発生を当事者が発見できるとは限らず、内容を正確に把握できるともいえません。そのため、インシデントの発生をどのように把握し、事故に至ることをどのように防止するのかについて対策を立案する際には確認しておくことが重要となります。
また、そのインシデントは人的な要因によるものなのか、あるいは他の要因によるものなのかも明確にすることも重要です。なぜなら対策を立案する際に、事実誤認したまま進めれば対策案も的はずれなものになってしまうからです。
インシデントの対策を立案するには、これまで解説してきたように問題を定義することが極めて重要となるのです。

インシデントの対策案を立案
インシデントの対策案を決定する際に注意が必要なのは、その対策案が有効な対策となり得るのか否かを吟味することです。例えば対策を行うインシデントが人的要因によるものだった場合、当該インシデントに関与したスタッフへの指導や教育を要することになるでしょう。
その際、インシデントに関与したスタッフは「なぜ」インシデントの発生につながるミスやエラーをしたのかを把握している必要があります。下図のように、一つのミスが原因だったとしても、複数の要因が考えられるからです。

例えば業務に関する知識が浅く、安全な業務を行うための知識を十分に持たない新人スタッフの場合、知識教育を行うことが適切だったとします。しかし、そのようなスタッフに対して「なぜやらないのか」と責め、態度教育を行っても有意義な対策につながるとはいえません。
逆に経験豊富で「やるべきこと」の知識もあり、それを行う技能も有するスタッフに知識教育を行うのは必ずしも有意義な対策とはならないかもしれません。
大切なのは、インシデントの対策が適切なものであるかを十分に考慮した上で適切な対策案を立案することです。そうでなければ、その対策は「対策のための対策」となり、本来の目的であるインシデントの防止、その先にある事故を防止することに繋がっていかない可能性があります。
インシデントを防止する方法
インシデントの防止策を実行して評価する
インシデントの対策を立案して実行することによって、その対策がインシデントを防止するために有効な対策であるのか否かが判断できます。ここまで解説してきたインシデントの把握や分析、対策の立案は下図のPDCAサイクルにおける「プラン(plan)」つまり「計画」に過ぎません。

いわばインシデントの対策を立案することは「インシデントを防止できるのではないか?」という仮説に過ぎないということです。もしそうであるなら、仮説を実行し「検証」する必要があるのです。
インシデントの防止は対策の実行が「ゴール」ではなく「スタート」であるということになります。対策を実行することによって、その結果を定期的に評価し、さらにその評価によっては改善を要するかもしれません。
いずれにせよ、重要なのは継続的な効果の追跡と絶え間ない改善のサイクルです。
インシデントを防止する方法は、この動的な活動の中にあり、その方法を知り得るのはインシデントの発生を防止しようとする現場のスタッフ一人ひとりの中にしかないのです。












